止まった腕時計

着物を着た女性(フリー写真)

友達のお父さんが自分にしてくれた話。

彼には物心ついた頃から母親が居なかった。

母親は死んでしまったと、彼の父親に聞かされていた。

そして彼が7才の時、父親が新しい母親を連れて来た。

新しい母親は、彼のことを自分の子供のように大切に育ててくれたので、三人家族になってからの方が彼の人生は幸せなものだった。

そして彼が高校生になったばかりの頃、いつものように通学路を家に向かって歩いていると、30代後半位の着物を着た女性が向かいから歩いて来た。

彼の住んでいた所はまだまだ当時は田舎で、田んぼや畑、山などに囲まれていた。

彼の通学路はそんな山の麓にある、舗装すらされていない、人が二人やっと擦れ違えるような一本道だった。

車も通れない道なので、地元の住民が(彼も含めて)徒歩でちょっと隣町に用を足しに行く、という時などに使う道だ。

だから擦れ違う人たちは必ず顔見知りなのだが、向かいから彼の方に歩いて来る女の人は面識が無かった。

もうそろそろ擦れ違うという時に彼は立ち止まり、彼女を先に通してあげるために、一歩道から退いた。

着物を着た女性は、擦れ違いざまに微笑んで言った。

「ありがとう」

そして何かを彼の手に握らせ、そのまま何事も無かったかのように、去って行った。

彼の手のには、女性物の上品な腕時計が握られていた。

着物の女性の腕時計なのだろうか。

道を譲ってお礼を言われるのは驚かないが、なぜ時計を? 道を譲ったお礼にしては大げさだ。

彼は困惑しながらも、手に持った腕時計と歩き去る着物の女性の後ろ姿を交互に見つめながら立ち尽くした。

家に帰った彼は、そのまま自分の部屋に入った。

ベッドに仰向けになりながら、時計を観察する。

時計の針は止まっていた。

壊れているのかな? だからくれたのか? 要らないから?

もしかしてこの中に何か変な物が入っているんじゃ? あの女性は自分を何かの罠に嵌めようと?

考えれば考えるほど、彼の思考はあっちの方向に行ってしまい、遂に

「よし!分解してみよう」

という結果になった。

中に入っていたものは…。

若い頃のあの女性らしき人が生後一ヶ月程の赤ん坊を抱いている、色褪せた白黒写真だった。

時計の形に合わせて切り抜いてあるその写真の裏には、『昭和○年○月○日』と記してある。

その日付は、まさしく彼の生まれた日から数週間後のものだった。

あれは母だったのか? 自分が生まれてすぐに死んだのではなかったのか?

そう思ったと同時に、彼の父が部屋に入って来た。

彼は急いで時計を枕の下に隠した。

父の様子がいつもと違う。泣き腫らしたような真っ赤な目をしていた。

父は彼に言った。彼の母親は実は死んでなかったこと。

父親は彼に嘘を吐き続けていた事を詫びた(これは理由を話すと長いので省略します)。

彼の母親は現在東京に居り、癌を患い入院中で、もう長くないとのこと。

病床で彼の名前をうわごとで何度も言うので、見かねた母親の弟が、彼の父に会わせてあげて下さいと泣きながら電話をして来たというのだ。

東京で入院中? では、あの着物の女性は?

彼は父にはその日にあった出来事を話さず、次の日東京へ向かった。時計も一緒に。

再会した母は、痩せ細ってはいたがとても美しかったという。

もう起き上がることも出来ない状態だったが、彼を見ると自力で起き上がろうとしたので、彼は駆け寄り母親を支えて、上半身を起こしてあげた。

改めて母親を見つめると、やはり時計をくれた女性によく似ていた。

彼は自分のズボンのポケットから例の時計を取り出して、母親に見せた。

母親はその時計を見て驚いていた。それは彼女の物だったからだ。

まだ癌が発見される前、元気だった時に、母親はその時計をいつも身に着けて暮していた。

写真も、母親がいつも息子と一緒に居られるようにと、その腕時計の中に入れたのだそうだ。

ある日の朝、腕時計が止まっていることに気付いた母は、会社の帰りに修理に出そうと、バッグに入れて会社に向かった。

そして、駅でバッグごと置き引きに遭ってしまったのだと。

その腕時計の中の写真が、彼女のただ一つの彼の写真だったので、それから暫く彼女は泣き明かしたそうだ。

三ヶ月後、彼は母の最後を看取った。

そして、彼女の細くなってしまった手首に、その時計を着けてあげた。

「もう失くさないよ」

という言葉と共に。

関連記事

太陽の光(フリー写真)

わたしの靴がないの

従姉妹が19歳という若さで交通事故に遭い、亡くなりました。 それから半年ほど経った頃、夢を見ました。 従姉妹の家に沢山の人が訪れ、皆それぞれ食事をしながら談笑しています。 …

三回転

私の体験です。 まだ私が3歳ぐらいの頃、父と2人で遊園地に行ったときです。 父と乗り物にのるために順番待ちをしてた時、私は退屈からかその場で目をつぶったまま三回転ほどくるく…

田舎の風景(フリー写真)

土地神様

小学1年生の頃、毎晩0時になると、眠っていた私が突然泣き叫びながら部屋中を走り回る、という事が数日続きました。 数分後はパタっと治まり、また眠るという毎日。 その時、私の見…

階段

神秘的なお姉さん

これは友達から聞いた話ですが、その友達は嘘をつくような子ではないので、実話であると確信しています。 話は、友達が小学生の頃の出来事です。地元の行事で、四年生の女の子たちが神社で…

口(フリー素材)

両親の不可解な行動

自分の錯覚と言われてしまえばそれまでなのだけれど…。 当方大学一年。両親と一緒に暮らしている。最近引っ越すまで 2LDKのアパートに住んでいた。 「私の部屋」「キッチンを挟…

踏み入るべきではない場所

私がまだ小学校低学年の幼い子供だった頃、趣味で怖い話を作っては家族や友達に聞かせていました。 「僕が考えた怖い話なんだけど、聞いてよ」と、きちんと前置きをしてからです。 特…

星空

異次元のチャネリング体験

多くの人には信じられないかもしれないが、この話は異次元との接触を描いた創作物として楽しんでもらえれば幸いだ。 私の体験は、ある日、インターネットで見つけた「チャネリング」という…

神奈川県某駅の駅ビル

小学校入るくらいまでの体験。 神奈川県某駅の駅ビルで、階段やエスカレータなど使わずに、3Fから4Fにワープした。駅との連絡口が3Fで、決まったルートを歩くと4Fに着いてる。 …

絵皿

喋る絵皿

小さい頃、祖父が友人宅から鷹の絵の描かれた大きな絵皿を貰ってきた。 それは今でも和室に飾ってあって、特に怪奇現象を起こしたりはしていない。 祖父の友人は骨董商だった。 …

田舎の風景

白ん坊

このお話の舞台は詳しく言えないけれど、私の父の実家がある場所にまつわるお話。 父の実家はとにかくドが付く程の田舎。集落には両手で数えきれる程しか家がない。 山奥なので土地だ…