
ネタだと思われるかもしれませんが、私が小学生の頃に体験した、本当にあった出来事です。
私は当時、近所の習字教室に通っていました。
普通の学校の教室のような部屋で、左奥の隅に先生の机があり、生徒は順番に自分の書いた半紙を持って行って見てもらう、という形式でした。
その日も、先生の机の横には数人の生徒が並び、評価を待っていました。
私も列に並んで、自分の番が来るのを待ちました。
先生に字を見てもらい、評価が終わったので、私は半紙を持って席に戻ろうとしました。
そのとき、背後から、戸惑ったような、押し殺した囁き声が聞こえてきました。
気になって振り返ると、先生と生徒たちの並びはこんな感じになっていました。
先生 生徒 生徒 ○
○の位置――つまり、先生の机の横で順番を待つ列の、いちばん端のあたりの床に、信じられないものが落ちていたのです。
こんなことを書くのは本当に申し訳ないのですが、それは「スライム」のような形をした、大きな大便でした。
色は黄土色で、形や大きさからして、どう考えても人間のものだとしか思えませんでした。
不思議なことに、鼻をつくような臭いは、ほとんど感じませんでした。
子どもばかりの教室です。
それを見た瞬間、当然ながら教室中は大騒ぎになりました。
「うわー!」「なにこれ!」
悲鳴と笑い声が入り混じり、列に並んでいた子も、座って書いていた子も、みんな半紙を持ったまま立ち上がって、ざわざわと集まってきました。
ひとしきり騒ぎが落ち着いたあと、自然と教室の空気に、ある疑問が浮かび上がりました。
「……これ、誰がやったの?」
※
状況を冷静に振り返ってみると、なかなかおかしな話です。
もし、列に並んでいる生徒の誰かがやったのだとしたら、すぐ目の前にいる他の生徒が気づかないはずがありません。
その場所は
先生 生徒 生徒 ○
さらに、その向こうには、黙々と字を書いている生徒たちがいる、という配置でした。
どこからどう見ても、死角がない位置です。
立っているにせよ、しゃがむにせよ、そこで「そんなもの」をするのは、物理的にほぼ不可能に思えました。
しかし、「見た」という子は誰一人いませんでした。
もちろん、「私です」と名乗り出る子もいません。
先生はしばらく眉をひそめて黙っていましたが、やがてため息をつき、こう言いました。
「片づけておくから、みんなは気にしないで、ちゃんと集中して書きなさい」
その頃、教室では、以前にも一度、おもらしをしてしまった子がいました。
だから私たちも、「また誰かがやっちゃったんだろう」と、変に納得してしまった部分もありました。
「お前がやったんだろ~」
冗談半分の言い合いがしばらく続きましたが、誰も本気では疑っていませんでした。
結局、その日の出来事は、「誰かがやらかした事件」として、笑い話のように終わっていきました。
※
それから何年も経ち、大人になってから、ふとネットの「不思議な体験談」のようなスレッドを読んでいたときのことです。
突然、この習字教室での出来事を思い出しました。
あのときの教室の配置。
先生の机。
生徒たちの立ち位置。
そして、みんなが見ているはずのど真ん中に、いつの間にか落ちていた「スライム状の何か」。
あらためて頭の中で状況を再現してみると、やはり、「誰にも気づかれずに、あの位置で大便をする」というのは、どう考えても無理があるように思えたのです。
誰かがこっそり持ち込んだのか。
悪ふざけで置いたのか。
それとも、説明のつかない「何か」だったのか。
今さら真相を確かめる術はありません。
子どもの頃の私たちは、その場の騒ぎと笑いで、深く考えることをやめてしまいました。
けれど、大人になった今、あの日の教室の光景を思い返すたびに、あの「ありえない位置に、誰にも見られずに現れたもの」のことが、じわじわと不思議に思えてくるのです。
出てきたものが大便という時点で、どうしても笑い話めいてしまいますし、「ネタだろ」と言われてしまっても仕方がないのかもしれません。
それでも私にとっては、今も説明のつかない、少しだけ気味が悪くて、どこか可笑しい、不思議な記憶のひとつなのです。