
尻切れ馬、という名前を、私は小学校の文化祭で一度だけ聞いたことがあります。
後ろ半分のない馬が、夜遅くまで遊んでいる子どもを連れていく。
そういう、どこの田舎にもあるような、子どもを早く帰らせるための話です。
その尻切れ馬が、私の家の庭まで来た夜のことを書きます。
私は、そのとき二十一歳でした。
子どもではなかった。
だから、なぜ来たのかが、いまもわからないのです。
田んぼの中の人影
これは大学生の頃、年末に帰省したときの体験談です。
私の地元は、そこそこの田舎で、駅のまわりだけビルが並び、少し離れると田畑が広がっています。
実家も、田畑に囲まれた形で建っています。
家の裏は用水路で、その先に、刈り取りの済んだ田んぼが三枚続いている。
子どもの頃、暗くなるまで遊んで帰ると、祖母が必ず玄関で待っていました。
叱られた記憶はありません。
ただ、祖母は私の顔を見て、何かを確かめるように、しばらく黙っていた。
祖母は、私が中学のときに亡くなりました。
この土地の話を一番知っていた人が、一番早くいなくなった。
その日の夕方、夕飯の前だったと思います。
私は通販で頼んだ品物の代金を払うために、コンビニへ行きました。
支払いだけでは迷惑かと思い、ついでに缶コーヒーを買って外に出た。
猫舌なので、店の前でゆっくり飲みながら、手持ち無沙汰に周りを見ていました。
新しい家がいくつか建っているものの、田畑が多く、景色は昔とそう変わりません。
日が落ちかけて、空の端だけが赤かった。
コンビニの駐車場には、私の自転車のほかに、軽トラックが一台だけ止まっていた。
運転席に人はいなかった。
店内にも、店員のほかに客はいなかった。
軽トラックの持ち主が、どこにいたのかは、いまもわかりません。
刈り取りの済んだ田んぼに、人影のようなものが見えました。
犬の散歩か、案山子か。
しっかり見直すと、どちらでもなかった。
そのときの私には、それが何なのか判別できませんでした。
いまは、それが馬だったのだと思っています。
判別できなかった、というのは、遠くて見えなかったという意味ではありません。
顔の造りがわかる程度の距離でした。
では、なぜ判別できなかったのか。
馬としての原型を、留めていなかったのです。
下半身というべきか、後半身というべきか。
胴の後ろ側半分が、消えてなくなったような形でした。
切り口は見えない。
そこから先が、ただ、ない。
顔は、目のあたりから、黒い液体のようなものが垂れていた。
雨は降っていなかった。
目を凝らすと、液体は地面まで垂れずに、顎のあたりで途切れていた。
垂れ続けているのに、地面に落ちていかない。
そのことが、形の欠けていることより、嫌だった。
缶コーヒーの熱さが、手から消えていた。
猫舌の私が、気づかずに半分飲んでいた。
私は、怪談こそよく読みますが、心霊現象の類に遭ったことは一度もありませんでした。
だから、それが何なのか、全くわからなかった。
コスプレか何かだとしても気味が悪い。
飲みかけのコーヒーをゴミ箱に入れて、急いで自転車で家へ帰りました。
途中で何度か振り返りましたが、追いかけてくる様子はなかった。
ただ、最後に振り返ったとき、それは田んぼの同じ場所に立って、顔だけをこちらへ向けていた。
距離は、縮まっていなかった。
縮まっていないのに、顔の造りは、最初より少しはっきり見えた気がしました。
家に着いて、玄関の鍵を閉めた。
実家の玄関に鍵をかけたのは、生まれて初めてでした。
台所から、母が「早かったね」と言った。
私は「寒いから」と答えた。
二階へ上がる階段で、一度だけ、窓の外を見た。
田んぼは、もう暗くて見えなかった。
ドン、デン、ドンの太鼓
夕食のとき、母に地元の怪談を聞いてみました。
心霊系の話かもしれない、という期待や興味が、恐怖より大きかったのだと思います。
馬のことは話しませんでした。
母に心配をかけたくなかった、というのが、そのときの理由でした。
母の知っている話は、どれも馬には関係のないものでした。
山のほうの社宅は以前病院だった、とか。
近づくと気分が悪くなる橋がある、とか。
興味は惹かれますが、実際に行くのは怖い、という程度の話です。
どれも、神隠しの山と消えた一家のような、人が消える話ではありませんでした。
私は、そのことに少し安心していました。
「ばあちゃんは、なんか言ってなかった」
私が聞くと、母は箸を止めた。
「暗くなったら帰れ、って。それだけ」
「理由は」
「馬が来るから、って」
母は、それ以上は言わなかった。
思い返せば、母は市内とはいえ、この家に嫁いできた身です。
地元の話にはあまり詳しくなかったのかもしれない。
そのときは、そう思いました。
母は、その夜、私の茶碗にご飯を二度よそいました。
一度目を食べきる前に、二度目をよそった。
「もういいよ」
「食べなさい」
母の手が、少し急いでいたことを、いまになって思い出します。
夜までは、特に何もありませんでした。
奇妙な体験だとは思いつつ、もう一度確かめに行く勇気もなく、二階の自室でゲームをしていました。
すると、飼っている犬が、庭で鳴き始めた。
クゥーン、クゥーン、と。
吠えるのではなく、喉の奥で鳴く声でした。
野良猫でも来たのかと思っていると、鳴き声に別の音が混じりました。
ドン、デン、ドン。
和太鼓の音です。
三つ鳴って、少し空いて、また三つ。
おかしい、と私は思いました。
私の地元には、神輿と太鼓を使った祭りがあります。
祭りの前や期間中は、街のあちこちで太鼓の音を耳にする。
しかし、祭りは秋です。
年末に、太鼓を叩く行事はない。
それに、祭りの期間でなければ、練習は近所迷惑なので夜までやりません。
音は、だんだん近づいているように感じられました。
遠くで聞こえていた音が、次第に、身体に響く大きさになっていく。
床に座っていた私の尻に、振動が伝わった。
それほど大きな音になっても、別の寝室の母が起きる様子はない。
中学生の頃までは、夜中に少し物音を立てただけで怒られたのに。
私はカーテンを少し開け、外を見ました。
家のまわりは街灯が少なく、何も見えないはずでした。
しかし庭に、紫にぼんやりと光る何かがありました。
光っている、というより、その周りがランプのような紫の光で照らされているようでした。
照らされていたのは、夕方に見た、後ろ半分のない馬でした。
庭の、柿の木の下に立っていた。
顔は、二階の私の窓を見ていた。
私はすぐにカーテンを閉め、窓と反対側の壁に座り込みました。
窓から入ってくるのではないか、と思えてなりませんでした。
太鼓の音は、鳴り続けていました。
ドン、デン、ドン。
家の周りを、あの馬がぐるぐると回っているのではないか、と思った。
音の方向が、少しずつ、動いていた。
ノートPCやゲーム機を手元に引き寄せて、気を紛らわせようとしましたが、うまくいきませんでした。
窓、部屋の角、ベッドの下。
目が、勝手にそこへ行く。
そのうち、犬の声が止まりました。
太鼓だけが残った。
賽銭箱の奥の椅子
二、三時間ほど経った頃でしょうか。
太鼓の音が小さくなっていることに気づきました。
どんどん小さくなり、完全に聞こえなくなっても、外を見る気は起きませんでした。
確認したのは、日が昇ってからのことでした。
庭に、おかしなところはありませんでした。
柿の木の下の土も、乱れていない。
犬は、小屋の奥で、丸くなって眠っていました。
起こしても、しばらく動かなかった。
目を開けたあとも、庭の柿の木のほうを見ようとしなかった。
餌を置いても、小屋から出てこなかった。
その犬は、普段、人が庭に出るたびに吠える犬です。
私は、柿の木の下に立ってみました。
何もなかった。
ただ、そこだけ、土が少し乾いていた。
一晩中、何かがそこに立っていて、霜を降りさせなかったように。
乾いた土の形は、四つの脚ではなく、二つ分でした。
朝食のとき、母に夜のことを聞きました。
太鼓の音は、聞いていないそうでした。
「太鼓?」
「うん。何時間も」
母は、味噌汁の椀を持ったまま、少し黙った。
「聞いてない」
それだけ言って、台所へ立った。
水道の音が、しばらく止まらなかった。
洗っている食器は、もうなかったはずでした。
実家の近所には、神社があります。
こういうことを相談するのは神社なのか寺なのか、よくわからなかった。
調べてみると、お祓いは神社でするものらしい。
母には、散歩に行くと言って出ました。
母は「そう」と言って、私の背中を見ていた。
駄目元で、相談してみることにしました。
社務所を訪ねて事情を説明すると、神主さんは不思議そうな顔をしました。
「その馬のことは、知っています」
「じゃあ、本当にいるんですか」
「いる、いない、という話ではないのですが」
神主さんは、湯呑みを置いた。
「ただ、あなたに目をつけた上に、家まで付いてきたというのは、おかしい」
「何がおかしいんですか」
「あれは、子どもにしか用のないものです」
私は、二十一歳でした。
体験したことは事実なので、どうにかならないかと聞くと、
「それなら、一先ずお祓いしておきましょうか」
あっさりと言われて、驚きました。
少し時間がかかりますが、と言われ、賽銭箱の奥にある、椅子のたくさん置かれた場所へ案内されました。
初詣のとき、よくそこで神主さんが幣を振っているのを見た覚えがあります。
厄年の厄払いをする場所のようです。
椅子は、三十ほど並んでいた。
私は、一番前の真ん中に座らされた。
後ろの椅子は、全部空いていた。
それでも、神主さんは、後ろの椅子にも一度ずつ目をやってから、始めた。
私の後ろに、誰かが座っているかのような、確かめ方でした。
私は、振り返りませんでした。
お祓いには、それほど時間はかかりませんでした。
何かを唱えながら、私の前で幣を振っていた。
神事に詳しくないので、何を言っているかはわかりませんでした。
ただ、途中で一度、「返す」という言葉が聞こえた気がしました。
「終わりましたよ」
と言われても実感が湧かず、
「え?」
と間抜けな返事をしてしまいました。
尻切れ馬へのお願い
お祓いが終わり、社務所でお茶を出してもらいながら、馬のことを聞きました。
「あなたが見たのは、尻切れ馬というものです」
その名前には、聞き覚えがありました。
小学校の文化祭の発表で、聞いた名前です。
神主さんの話では、尻切れ馬は「夜遅くまで遊んでいる幼い子どもを追いかけて、連れていくもの」だそうでした。
聞く限り、子どもを早く帰らせるために、親が作った話のように思えます。
神社には、こういう言い伝えがあるそうです。
『尻切れ馬に目をつけられた子がいたら、尻切れ馬にお願いして、連れていかないでおいてもらいなさい』
さっきのお祓いも、実質はそのお願いだったそうです。
幽霊や呪いの類ではなく、神様のようなものなので、お願いでなければ聞き入れてもらえない。
「太鼓の音は」
私が聞くと、神主さんは少し考えた。
「昔は、馬が出る晩に、村の若い衆が太鼓を叩いて追い返した、と聞いています。ドン、デン、ドン、と三つずつ」
「昔、というのは」
「二十年ほど前まで、やっていたそうです。私がここへ来る前の話です」
二十年前。
私は、一歳でした。
「いまは、やっていないんですね」
「やる人がいなくなりました。それに、最後にお願いをした子が、無事に育ったので」
神主さんが知っているのは、そのあたりまででした。
帰り道、私は国道沿いの灯りが見えるところまで、振り返らずに歩きました。
家に戻ると、母が玄関で待っていました。
「どこ行ってたの」
「神社」
母の顔が、少し変わった。
私は、太鼓の音のことと、神主さんの話を、全部話しました。
話し終わると、母は玄関の段に座り込んだ。
「お母さん、知らないって言ったよね」
「……」
「ばあちゃんの話も、馬が来るから、だけだって」
母は、しばらく黙っていた。
それから、言いました。
「あんたが五つのとき。暗くなっても帰ってこなくて、探しに行ったら、田んぼの縁に立ってた。遠くを見て。何を見てるの、って聞いたら、『お馬さん』って」
私には、その記憶がありません。
「その晩、太鼓が鳴った。何時間も。お父さんもばあちゃんも聞いてないって言うのに、私だけ聞こえた」
母は、膝の上で手を握っていた。
「次の日、ばあちゃんに言われて、あんたを神社に連れていった。お願いをしてもらった。神主さんは、前の神主さん。あれが、最後のお願いだったって、あとで聞いた」
母が知らないと言った話を、母は二十年前に神主に相談していた。
「どうして言わなかったの」
「言ったら、あんたが思い出すと思った」
母は、顔を上げなかった。
「それと、お願いは、一度きりだって。二度目は、聞いてもらえるかわからない、って」
私は、昨日の神主さんの「おかしい」という言葉を思い出していました。
あれは、子どもにしか用のないもの。
二十一歳の私に用があるとしたら、それは、十六年前に預けたものを、確かめに来たということなのかもしれません。
その後、異変は特にありません。
在学中は毎年帰省しましたが、尻切れ馬に遭遇することはありませんでした。
結局、『幼い子どもではない自分がなぜ出会ったのか』『なぜ家まで来たのか』『何が目的だったのか』。
そういったことは、わかりません。
母は、あの夜以来、年末に私が帰ると、必ず夕方の五時に電話をかけてきます。
「どこにいるの」
「家にいるよ」
「そう」
それだけで、切れる。
終わってみれば、そう怖くない話です。
ただ、私は夜中、絶対にカーテンを開けないようにしています。
太鼓の音が聞こえなくても、カーテンを開けると、柿の木の下に尻切れ馬がいるのではないか。
そう思えてならないのです。
顔だけを、二階に向けて。