幸福の妖精
公開日: 不思議な体験
リクルートスーツを見る季節になると、毎年思い出すお話。
俺は就職活動してた。バブル崩壊後の冷や水ぶっかけられた氷河期世代あたりだと思ってくれ。俺は理系で一応研究職希望だったけど、求人自体がほとんどなくて、滑り止めに受けた営業や販売すら落ちまくりだった。
そんな中で、一つだけ最終面接まで進んだ会社があった。
ノルマなしの営業。しかも待遇がめちゃくちゃいいところだった。OBも「お前が来たいなら採用出してもらう」と協力的。
そのOBから最終面接の前の日に「お前は合格確実、ていうか合格決定だから。一応面接だけ受けて貰ってから入社承諾書に判子持って来い」と連絡もらった。最初は滑り止めって思ってたけど、他は全然受かんないし、こんなに熱心に誘われたらどんどん気持ち傾いて、本当に承諾書出されたら、判子捺して入社しようかなと思ってた。
最終面接の日、控え室で待機してると、四十過ぎくらいのおっさんが入ってきた。
最初、会社の人かな?と思ったら、受験者みたいな素振りで俺の隣にどかっと座った。そしていきなり場を弁えず、大声で俺に話しかけてきた。
面接の待機中も社員から見られてるなんて常識だから、びびって最初は諌めたり無視したりした。でもおっさんは何も気にしないで、
「この会社、きれいなのは見えてるところだけだぞ!」
「トイレとかすげー汚かった!この会社もうダメだな!」
「あと(会社の商品)もだめだ。もうここは先無いぞ!」
周りもちらちら見るだけで助けてくれない。
俺がいや…あの…とかろく返事もできないでいると、大声は外まで聞こえていたらしく、すげー怒った顔の社員が入ってきて「社長室まで聞こえてたぞ!ふざけるな!出て行け!」と、2人で追い出されてしまった。
俺、しばらくポカーンとしちゃって、その後で当たり前だけど怒りが湧いてきた。
おっさんに「どうしてくれるんだよ」って掴みかかったけど、おっさん平然としてんの。うまく言えないんだけど、馬鹿にしてるとか頭おかしいとかじゃなくて、普通に平然とした顔で「大丈夫だよ。君は大丈夫」と言って頷いてた。
俺も何故か怒りがすっと引いて「よく考えたら、別にそんな入りたい会社じゃなかったな」って冷静になった。おっさんの胸元掴んでしわしわになってたんで「すんませんでした」と謝ったら、おっさんはまた普通の顔で「大丈夫だよ」と言って去っていった。
その後OBからは連絡なかった。でもその会社の熱意というか強引な口説き方が、遅まきながら怖くなったから、俺からも連絡しなかった。
それから2ヶ月後、ちょっとだけ条件を譲歩したら、元々の希望だった研究職の内定もらえた。俺はおっさんに感謝した。
※
でも本当に驚いたのは、それから3年後だった。
昼休みに食堂で見たニュース。俺とおっさんが追い出された会社が、謝罪会見やってた。詳しくは書けないけど、会社ぐるみで犯罪やって、社長以下、幹部はほとんど逮捕。平社員も犯罪行為に加担させられてて、かなりの人が客から訴えられたそうだ。
いっしょに飯食ってた同僚に、
「もしかしたら自分は、ここではなくこの会社に入るかもしれなかった。いや、おっさんが邪魔してくれなかったら、確実に入ったと思う」と話したら、
「もしかしてそのおっさんって、幸福の妖精じゃねーの?」と言われた。
小太りでださくて、しかもはげてるおっさんの妖精かwww
でも本当に感謝してる。いつか会ったら礼を言いたいけど、あれ以来会ってない。