竹下通りの裏路地

279bb749

今から5年前、当時付き合っていた彼女と竹下通りへ買い物に出掛けました。

祭日だったと記憶しています。どこを見ても若者だらけで、快晴の空の下、人混みを避けながら買い物を楽しんでいました。

確か13時頃だと思います。僕は急にトイレに行きたくなりました。

しかし店内を見回してもトイレは無く、店を出て他で探そうと思い、彼女に

「トイレ行ってくるから、買い物が済んでもこの店から離れないでね」

と言い残してトイレを探しました。

なかなかトイレが見つからなかったので原宿駅まで行こうと歩いていると、建物と建物の間の壁に、赤いマジックで『トイレ→』と書いてありました。

その路地は幅が60センチ位で薄暗く、先を見ると10メートル程先は空地のようでした。

路地を進む途中で後ろを振り向くと、晴天の竹下通りを行き交う若者の姿が見えました。

空地に着くとトタンで建てたトイレがあり、その横には木の長椅子に座ってメンコをしている小学校低学年位の男の子が二人。髪型も服装も昭和40年代のスタイルです。

僕は不思議に思いながらもトイレに駆け込みました。

周りを見回すと、昔ながらの上部にタンクがあって長い鎖を引いて流すタイプのトイレが並んでいました。

取り敢えず用を済ませ、トイレから出ました。

すると、先程まで長椅子に座ってメンコ遊びをしていた少年二人の姿は無く、空地は静まり返っていました。

時間にして『トイレ→』の看板を発見してから15分位だったと思います。

不思議に思いながらも早く彼女の待つ店へと急ぎました。

店に着いて店内を見回しましたが、彼女はどこにも居ません。

僕は携帯で彼女の携帯に連絡しました。するといきなり凄い剣幕で怒っていました。

「あんたふざけないでよ!人を二時間以上待たせて!連絡もしないで…!」

一方的に携帯を切られました。

彼女は怒って自宅マンションに帰ってしまっていたのです。

僕は意味が解らずパニックになりました。

2時間以上…? 店内の時計を見ると、15時41分。確かに彼女言う通り二時間以上経っています。

しかし、僕の腕時計と携帯の時計は13時28分。

僕は寒気と冷や汗で気分が悪くなり、店の前のベンチで10分程休み、この状況を冷静に考えてみました。

路地に入って躓いて転び、頭を打って2時間気絶したかもしれないとか、彼女と買い物に出掛けた時から全て夢だったとか…。

色々な可能性を考えてみましたが、混乱するばかりで取り敢えず彼女のマンションに急ぎました。

マンションに着くと彼女は渋々玄関の扉を開けてくれました。中に入って彼女に一部始終の出来事を話しました。

最初ムッとしていた彼女も、次第に真剣に話を聞いてくれるようになり、都内の某大学病院の精神科へ行く事になりました。

僕自身もその方が少しは気が楽になると思ったからです。

しかし精神科の先生に話しても…。この出来事は第三者的に考えればおかしな話です。

結果、病名もはっきりせず、精神安定剤を貰って帰宅しました。

今では精神状態も落ち着き、彼女と結婚し平和に暮らしております。

精神科の先生に後で聞いた話ですが、今まで世界に僕と似たような経験をした人が6名居るみたいです。

珍しいので大学病院ではこの症状を研究材料としてデジタル化し、データ保存して密かに研究を続けているそうです。

思い起こすと、あの空地の風景と少年が着ていた服の色は、白黒に少しだけ着色したような感じで、少年の顔色も白に近いグレー色でした。

それに快晴のはずの空が、その空地では曇り空…。本当に不思議な一日でした。

関連記事

プラント・コロニー(長編)

いつものようにバイトをして、休憩室で飯を食ってたんだわ。 飯を食い終わってスマホを弄ってたら、頭がくらっとしてきた。 貧血かなーと思ってたんだけど、妙に意識だけはっきりして…

第二次世界大戦(フリー素材)

再生

祖父が戦争中に中国で経験した話。 日本の敗色が濃くなってきた頃、祖父の入っていた中隊は中国の山間の道を南下していた。 ある村で一泊する事になり、祖父達下士官は馬小屋で寝る事…

オオカミ様の涙(宮大工6)

ある年の秋。 季節外れの台風により大きな被害が出た。 古くなった寺社は損害も多く、俺たちはてんてこ舞いで仕事に追われた。 その日も、疲れ果てた俺は家に入ると風呂にも入…

顔半分の笑顔

僕がまだ子供だったとき、ある晩早くに眠りに就いたことがあった。 リビングルームにいる家族の声を聞きながら、僕はベッドの中から廊下の灯りをボンヤリ見つめていたんだ。 すると突…

行軍

爺ちゃんの従軍時代の話

子供の頃に爺ちゃんに聞いた話を一つ。 私の爺ちゃんは若い時、軍属として中国大陸を北へ南へと鉄砲とばらした速射砲を持って動き回ってました。 当時の行軍の話を聞くと、本当に辛か…

さくら池

僕が小学校の頃の話。通学路から少し外れたところに、さくら池というかなり大きな農業用水池があった。 僕たちが住んでいた団地はさくら池の先にあったから、下校途中に通学路を迂回し、その…

時計(フリー素材)

巻き戻った時間

子供というのは錯乱すると、訳の解らない行動をしてしまうものだよな。 子供の頃、俺に起こった不可思議なお話。 ※ 当時は5月の節句で、俺のために親が飾ってくれた兜と小刀が居間に…

トンネル(フリー写真)

旧生駒トンネル

大阪と奈良を結ぶ近鉄奈良線。 その間に生駒山が立ちはだかり、電車は長いトンネルを通ります。 現在使われているのは「新生駒トンネル」。 しかし昭和30年代に掘削された…

材木(フリー写真)

木こりの不思議な話

朝、林道を車で走って現場へ向かう途中の出来事。 前を歩いていた登山者が道の脇によけてくれたから、窓越しに会釈をした。 運転していた相方は「お前、何してるんだ」と言い、 …

夜の峠(フリー写真)

標識

9年前の12月23日に、東京から沼津までバイクで出掛けた。 夜の帰り道、1号から熱海方面に適当に下りようとする。 夜中の2時頃に前のブルーバードが曲がった南方向に行く細い…