義理堅い稲荷様(宮大工9)

Marianne-hornbuckle

晩秋の頃。

山奥の村の畑の畦に建つ社の建替えを請け負った。

親方は他の大きな現場で忙しく、他の弟子も親方の手伝いで手が離せない。

結局、俺はその仕事を一人で行うように指示された。

その社は寺社のような大掛かりな建物ではなく、小じんまりとした人一人が入るのがやっとの大きさで、中に親子の狐の石像が祭られている社だ。

一応稲荷と言えるが、地元の年寄りが掃除をする位の土着の社神である。

よく手入れはされているものの、ここ何十年以上も手が入っておらず痛みは激しい。

そこで、近所の農家のお年寄りがお金を出し合って建替える事にしたのだ。

小さいと言っても建替えとなればまとまったお金は要る。

農家のお年寄りが出せる精一杯の額だろうが、その額は材料代にも満たない額。

しかし親方は、「ようがす。これでやりましょう」と引き受けた。

馴染みの稲荷神社の神主さんにお願いし、祈祷をして貰った翌日。

車に道具と荷物を積み、現場へと向かう。

お社の前でお祈りをしてから社の中に入ってみると、仔狐を背中に乗せ、ちょこんと座っている可愛らしい親子の狐像が鎮座していた。

手を合わせ、

「お狐様、しばらく仮住まいに移って下さいませ」

とお願いし、弟弟子と一緒に丁寧に拭き上げ、そっと運び出す。

前もって造ってあるミニ社を畦道の片隅に置き、そっと親子狐様を安置した。

翌日からは俺一人で仕事に向かう。お社を丁寧に解体し、使える材料を選り分ける。

昼飯は近所のおばあちゃんが交代で弁当を持ってきてくれる。

昔ながらの田舎弁当が嬉しい。

十時と三時には漬物でお茶だ。ほっと一息つく、至福の時である。

ある日のお茶の時間、一人のおばあちゃんが

「○○ちゃん、わしらの出したおぜぜじゃあホントは足らんのじゃろう」

と言って来た。

「そんことは気にしなくて良いんですよ。親方がやる、と決めたんだから問題ないです」

「すまんのう、ただ働きみたいな事させちまって…」

「俺達は、ただ金の為にこの仕事してるんじゃありませんから心配しないで下さいね」

おばあちゃん達は涙ぐみながら、

「あんがとね、あんがとね」

と繰り返した。

そんな経緯もあり、俺の仕事に更に気合いが入った。

金や名誉より、人や神様仏様との触れ合いや心の繋がりこそがこの仕事の醍醐味なんだと改めて感じた。

そして、そろそろ初雪が来るだろうとおばあちゃんたちが話す中、お社は完成した。

その夜親方に完成報告をし、翌日同行して確認して貰える様お願いした。

翌朝起きると、とうとう降りて来た初雪で家の周りは一面の銀世界。

「ホントにギリギリだったな…」と呟き仕事場に向かう。

すると、親方が玄関の前にしゃがみ込んで首を傾げている。

「おはようございます。玄関先でしゃがみ込んでどうしたんですか」

「おう、おはよう。○○、こりゃなんだと思う?」

サクサクと雪を踏みしめながら玄関に向かう。

すると、親方の前には幅広の笹の葉に乗った古銭がじゃらっと置いてある。

「なんですか、こりゃ?」

「わかんねえ。朝起きたらあったんだ」

ふと周りを見回すと、獣の足跡が大小二つ、雪の上についている。

俺ははっとして、その足跡を追ってみると、お社のある村の方から続いている。

「親方、この足跡見てください」

足跡を見て、親方がはっとした顔をしてから顔を綻ばせた。

「おう、なるほどなぁ…義理堅い稲荷様だなぁ。こんなに貰っちゃあ、これ以上頂くワケにゃいかねえな」

親方は俺の顔を見て、にやっと笑う。

「さ。行くべか!」

「はい!」

俺達は車に乗り込むと、小さな足跡を追うように車を走らせた。

関連記事

図書室(フリー写真)

本に挟まったメモ

高校3年生の時の話。 図書館で本を借りたら、本の中に 『こんにちわ』 と書かれたメモが入っていた。 次の週にまた別の本を借りたら、 『こんにちわ。このまえ…

丹沢湖の女

去年の夏に職場の仲間4人と丹沢湖へ行った。 車で行き、貸しキャンプ場をベースにして釣りとハイク程度の山歩きが目的。 奇妙な体験をしたのは3泊4日の3日目だったはず。 …

キャンプ場

少女のお礼

この話は僕がまだ中学生だった頃、友人の家に泊まりに行った時に聞いた話。 友人と僕が怪談をしていると、友人の親父さんが入って来て、 「お前たち幽霊の存在を信じてるのかい? 俺…

10の14乗分の1

人間って、壁をすり抜けたりする事ができるの知ってました? 10の14乗分の1くらいの確率で。 細胞を形成している素粒子に透過性があるかららしい。たまたまこないだテレビで見て…

神隠しに遭う子

神隠しに遭う子

小さな頃、私は「知的障碍があるのでは」と思われていました。 言葉や文字に遅れはなく、読み書きも問題はありませんでした。 しかし、人と目を合わせない、会話ができない、約束が…

電車のホーム

死の影を背負う友人

私には昔からの友人がいて、彼は異常なほど頻繁に死体と遭遇します。中学時代、私たちが海で遊んでいるときに水死体を発見したのが最初です。その時点で彼はすでに5回も死体を見ていたと言ってい…

ざわつき声の正体

高校を卒業し、進学して一人暮らしを始めたばかりの頃の話。 ある夜、部屋でゲームをしていると、下の方から大勢の人がざわざわと騒ぐような声が聞こえてきた。 俺は『下の階の人のと…

霧のかかる山(フリー写真)

酒の神様

去年の今頃の時期に結婚して、彼女の実家の近くのアパートに住んでいる。 市内にある俺の実家から離れた郡部で、町の真ん中に一本国道が通っており、その道を境に川側と山側に分かれている。…

京都(フリー写真)

かわらけのお狐さん

小学生の頃に学校の畑を掘ったら、土の中から陶器の狐が出てきた。 真っ白のかわらけで出来た狐のお面みたいなもので、他にも沢山出て来た。 七福神や打出の小槌などの縁起物もあっ…

タイムトラベラー

10年前、俺が小学6年生の時の話。 ある日学校から帰る途中、人通りの多い交差点で信号待ちをしていたら、自分以外の周りの人や道路を走ってる車とかが一斉に止まった。まさしく時が止まっ…