背無し

公開日: 不思議な体験 | 怖い話

DSC00387

会社からの帰路の途中、ある大学の前を通る。

そこは見晴らしの良いただの直線だが、何故か事故が多いことで有名だった。

その道をあまり使わない人には分からないだろうが、毎日車で出勤するオレや同僚には事故の理由は明白だった。

あるおっさんが原因なのだ。

そのおっさんは大学手前の横断歩道の脇に立っている。それも毎日。

雨の日も昼も夜も、ただ無表情で突っ立っている。

そして何故かカラダごと真っ直ぐこちらに顔を向けているのだ。

おっさんに気付いてからしばらくは『気味が悪い人がいるなあ』程度の認識しかなかった。

しかし更なるおっさんの異常性に気付くのに、そう時間はかからなかった。

おっさんはカラダごとこちらを向いている。いつ、どんな時でも。

例えば横断歩道の手前30メートルからおっさんを認識したとする。

『ああ、今日もいるな。そしてこっち見てる…』

そのまま横断歩道を通過して、素早くバックミラーでおっさんを確認すると、やはりこちらにカラダごと顔を向けているのだ。

この異常さが理解出来るだろうか?

おっさんはどんな時でも必ず、真正面からこちらを見ているのだ。

向きを変える気配すら見せず、瞬時にこちらを追跡してくる。

それに気付いた時オレは確信した。

あのおっさんは人間ではないのだと。

うすら寒さを感じたオレがそのことを同僚に話してみると、そいつもおっさんのことを知っていた。

何でも地元では “背無し” という名称で有名らしい。

確かにおっさんは正面しか見せない。後頭部や背中は見たことがなかった。

変な霊もいるんだな、とその日は同僚と笑い合って終わった。

オレがビビりながらも、ある思いを持ったのはその時だった。

何とかしておっさんの背中が見たい。そう思うようになったのだ。

毎日通勤しながらおっさんを観察する。普通に通るだけではダメだ。おっさんには全く隙が無い。

通過後、バックミラーに目を移す瞬間におっさんはカラダの向きを変えてしまう。

オレはチャンスを待つことにした。

数日後、残業で遅くなったオレは深夜の帰路を急いでいた。

そしてあの道に差し掛かる。

目をやると、やはりいた。おっさんがこちらを向いている。

“背無し” の由来を思い出したオレは素早く周りを確認した。

深夜の直線道路。幸い前後に他の車は無く、歩行者もいない。信号は青。

チャンスだった。

横断歩道の手前でぐっと車速を落としてハンドルを固定する。とにかくゆっくり、真っ直ぐに。

そして心を落ち着け視線を向けた。

おっさんはいつものように無表情でこちらを見ている。

目は何の感情も示しておらず、本当にただ立っているだけだ。

しかし改めてじっくり見るおっさんは、いつもより不気味だった。

何を考えているか分からないというか、得体が知れないのだ。

やがて車はゆっくりと横断歩道を横切って行く。

目線はおっさんから外さない。怖くても意地で見続けた。

するとオレが目線を切らないからカラダの向きを変える暇が無いのか、いつも正面からしか見れなかったおっさんの顔の角度がゆっくりと変わって行く。

車の動きに合わせてゆっくり、ゆっくりと。おっさんは始めの向きのまま微動だにしない。

ついにおっさんの完全な横顔が見えた時『これはいける!』と確信した。

おっさんから目線を切らないためにオレも顔の角度を変えなければ行けないため、今や車の後部ガラスからおっさんを見るような体勢だ。

当然前なんか見えちゃいないが、気にもしなかった。

もうすぐで “背無し” の由来に打ち勝つことが出来るのだ。

そうしてゆっくりと永い時間が流れ…ついにその瞬間が訪れた。

“背無し” の今まで誰も見たことの無い背中が後頭部が、今はっきりと見えているのだ。

それはあっけない程に凡庸な背中だった。何一つ不思議なところは無い。

しかしオレの胸にはささやかな達成感があった。

じっくりと背中を観察し満足感を味わったあと、オレはようやく目線を切って前を向いた。いや、向こうとした。

目線を切って前を向こうとしたオレはしかし、あるものを見て固まった。

助手席におっさんがいた。もの凄い怒りの形相で。

心臓が止まったかと思った。

「うわぁあ!」

オレは悲鳴を上げブレーキを踏んだ。

徐行していたはずの車は何故か強烈な衝撃とともに電柱に激突し、オレは失神した。

翌朝、病院で目が覚めたオレはすぐに警察の聴取を受けた。

幸いにオレを除いて怪我人は無し。オレの車が全損した以外に大した器物損壊も無かった。

警察は事故の原因をスピードの出し過ぎによる暴走運転と断定したが、オレは抗議する気力も無かった。

あんなこと、話す気すら起きなかった。

あれから5年。オレは通勤のために今もあの道を走っている。

おっさんは変わらずいるし、相変わらず事故も多い。

ただ一つだけ変わったことは、オレがおっさんの方を見なくなったことだろう。

あの時、聴取の警察官がボソッと言った「今回は連れて行かれなかったか」という言葉が今も耳から離れない。

関連記事

月(フリー素材)

死神さん

子供の頃、友人がそのまた友人から聞いた話。 ある姉妹が、とある実験をしてみようということになった。 その実験というのが、夜中の午前2時に、寝ている人を真ん中にして二人左右に…

海(フリー写真)

海ボウズ

俺の爺ちゃんの話。 爺ちゃんは物心が付く頃には船に乗っていたという、生粋の漁師だった。 長年海で暮らしてきた爺ちゃんは、海の素晴らしさ、それと同じくらいの怖さを、よく寝物語…

あなたが押したの?

少し困ってしまうことがありまして、ここに書かせてください。 5年前、私の友達が通っていた小学校で、陰湿ないじめがあったそうです。いじめの首謀者のM子さんは誰もが認めるほど容姿端麗…

夜の海(フリー写真)

夜の闇と黒い海面

かなり昔のことになります。 当時、小学低学年だった弟は、父に連れられて夜釣りに行きました。 切り立つような崖の先端近くに父と並んで座り、暗い海面に釣り糸を垂れていた弟は、…

地下トンネル

次は仲町台

就職活動で疲れ果てた私は、横浜地下鉄で眠りについた。 目が覚めた時、降りる予定だった仲町台ではなく、終点で降りると外はまだ真昼だった。 終点の駅は近代的な真っ白なドーム型…

パワーショベル

3人だけの秘密

この話は今から約20年前、私がまだ中学生だった頃の出来事です。 夏休みも後1週間程となった8月の終わり。ろくに宿題も終わっていないにも関わらず、友人2人と近所の市営プールに遊びに…

私はアリス

信じてもらえないかも知れない。 でも当人が一番混乱してるんだ。ちょっと長くなるけど聞いてくれないか。 家に帰ったら母親が風邪で寝込んでいた。甲斐甲斐しく世話をする俺。まあ、…

砂場(フリー写真)

サヨちゃん

俺は小学校に入るまで広島の田舎の方に住んでいた。 その時に知り合った『サヨちゃん』の話をしよう。 ※ 俺の母方の実家は見渡す限り畑ばかりのド田舎で、幼稚園も保育園も無い。 …

道の駅

自分が2005年に旅をしていた時、実際に体験した話。 当時、私は大学生で授業をさぼって自転車で日本縦断の旅の真っ最中。もちろん一人旅だ。 その日は朝から雨で、秋田から山形に…

奇声を発するおっさん

俺はあるマンションに住んでいるんだが、2ヵ月くらい前、真上の部屋に人の善さそうな初老のおっさんが引っ越してきた。 朝にゴミ出しをしていると「おはようございます」と笑顔で挨拶してく…