
この出来事は、私がまだ小学校に入学する前のことです。
その日、母に連れられて、遠縁の親戚の家を訪ねるために駅へと向かっていました。
私にとっては、電車に乗るのも駅に行くのも、すべてが初めての体験。
色とりどりの電車たちが行き交う光景に、私はすっかり目を奪われていました。
気づけば、周囲の人波に押し流されるようにして、母の手を離してしまっていました。
※
母の姿が遠ざかっていくのを、私は不思議と冷静に見つめていました。
怖さも寂しさも感じず、まるで夢の中にいるような感覚でした。
私は黄色い安全線の上に立ち、反対側のホームをじっと見つめていました。
すると、そこに一組の親子が立っていました。
小さな女の子と、その手を握る小柄な女性。
女性は少し大きめの水色のコートを羽織っていて、どこか懐かしい雰囲気を漂わせていました。
——初めて見るはずなのに、初めてじゃないような感覚。
※
そのとき、白と青の電車がホームに滑り込んできました。
本来なら電車が視界を遮り、親子の姿は見えなくなるはずです。
でも——
その電車は、まるで薄い膜のように透明になり始めました。
中にいた乗客たちは、宙に浮かんでいるように見えました。
やがて、電車は止まり、ドアが開く音が響きました。
人々が一斉に動き出す気配が、私の立つホームにも届いてきました。
※
親子が電車に乗ろうとした、その瞬間——
電車が、まるで意志を持ったかのように、私のいるホーム側へ滑るように動き出したのです。
電車が横に動くなんて、そんなこと聞いたこともありませんでした。
驚きとともに、私は息を呑みました。
そのとき、あの女の子の顔がはっきりと見えました。
——私だったのです。
※
その少女は、私の通っていた幼稚園の制服を着ていて、
ほくろの位置まで、私とまったく同じでした。
そして彼女は、こちらを見て、ふっと微笑んだのです。
電車はそのまま元の線路に戻ったように見え、
再び白と青の姿を取り戻して、ゆっくりと発車していきました。
※
ほどなくして、私は駅員さんに保護され、母とも再会することができました。
あのとき見た光景は、もしかしたら私が感じた寂しさと不安が見せた白昼夢だったのかもしれません。
けれど、あの少女の表情、制服、そして私とまったく同じ場所にあったほくろ……
思い出すたびに、背筋がひやりとするのです。
あれは、誰だったのか。
あれは、本当に「私」だったのか——
今でも、ときどき夢の中で、あの水色のコートが揺れるのを見ます。