
子供というのは、混乱すると訳の分からない行動をとってしまうものだ。
これは、幼い頃の自分に起きた、今でも信じがたい不思議な出来事である。
※
当時は5月の節句。
親が居間に兜と小刀を飾ってくれていた。
その模造刀は、全長30センチほど。刃は付いていなかったが、幼稚園児の自分にはそれがとても魅力的なおもちゃに見えた。
その日、自慢げに模造刀を持ち出し、自宅前の公園で友達と遊んでいた。
ふとした拍子に、弟分の目をその刀の先で突いてしまった。
刃がないとはいえ、先端は鋭かった。
弟分の目からは血が噴き出し、泣き叫ぶ彼の声が、恐怖と後悔を一気に押し寄せさせた。
パニックになった僕は、泣きながら家まで走り、母を呼びに行った。
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駆けつけた母と弟分の母親。
血を流す弟分はすぐに救急車で病院へ運ばれていった。
周囲も騒然としていた。
子どもながらに、「取り返しのつかないことをした」と直感で理解していた。
泣きながら家に連れ戻されると、誰もいない暗い仏間の隅にひとり座らされ、そこでただひたすら泣いていた。
※
どれくらい時間が経ったのか分からない。
うつ伏せで泣いていた自分の周囲が、突然明るくなったことに気づいた。
朝日が差し込んだような光、そしてチュンチュンと鳴く雀の声。
事故が起きたのは午後2時のはずだったのに、景色はどう見ても朝だった。
そのとき、母の声が響いた。
「あんたそんなところで何してんの! 早く歯を磨きなさい!」
顔を上げると、朝の我が家の日常だった。
※
戸惑いながら母に謝り、「○○ちゃんはどうなったの?」と尋ねた。
しかし母はきょとんとして、
「○○ちゃん? どうかしたの?」
と聞き返してきた。
「昨日、刀で目を突いてしまったんだよ」と伝えると、驚きながらも
「何それ! あんた、そんなことしてたの!? でも…昨日そんなことなかったでしょ?」
と返ってくるばかりだった。
訳が分からず、居間の飾りを確認しに行くと、兜のそばにあるはずの刀が無かった。
※
半信半疑のまま登園すると、弟分は母親に付き添われて登園していた。
そして彼の目には眼帯が。
あぁ、やっぱり……と思いながら謝ろうと近づいた瞬間、その母親が笑って言った。
「○○ちゃんおはよう〜。ねえねえ、今朝起きたら目が赤くなってて。ばい菌でも入っちゃったのかしら〜」
思わぬ言葉に耳を疑った。
弟分もケロッとした顔で「おはよ〜」と言ってきた。
※
混乱したまま家に戻ると、母が言った。
「あんた、刀どこやったの? 危ないって言ったでしょ!」
慌てて公園へ戻ると、模造刀はベンチの上に無造作に置かれていた。
夢ではなかった。
確かに弟分の目を突き、血が出て、公園が騒然となった。
けれど今、誰もそれを覚えていない。
※
あの出来事は、一体なんだったのだろう。
弟分の目の腫れ、刀の場所、母の言動──
あの日から、何かが上書きされたように思えてならない。
※
──追記──
当時の僕は幼すぎて、時間が巻き戻ったのかどうかは定かではない。
ただ、あのときの恐怖や後悔、弟分の泣き声や大人たちの動揺が、記憶として確かに残っている。
節句のたびに、その短刀を目にすると、あの不可思議な一日を思い出すのだ。
夢でも幻でもなく、確かに体験したあの日のことを。
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