箱根の旅館にて
会社のK子さんから聞いた不思議な体験をお話しします。この話は彼女が妹さんと経験した実際の出来事です。
先月の末、K子さんと妹さんは箱根にある古い温泉旅館へと足を運びました。この旅館は文豪も愛した由緒正しい場所で、静寂に包まれた雰囲気がありました。
温泉と食事を堪能した後、二人は少し外に出ることにしました。ロビー階に降りる途中、仲居さんたちを何人もすれ違い、宴会が行われている広間の賑やかな声も聞こえてきました。
しかし、外の散歩から戻り部屋へと戻る途中、何故か自分たちの部屋が見つからなくなりました。旅館はそれほど大きくないにも関わらず、二人は部屋への道を見失ってしまったのです。
廊下を行ったり来たりするうちに、周囲がどんどん静かになり、先ほどまで聞こえていた宴会の声も消えてしまいました。次第に迷子の恐怖が二人を襲います。
不安を感じ始めたとき、茄子紺色の丹前を羽織った初老の女性が現れ、「どうかなさいました?」と尋ねました。K子さんたちは安堵し、自分たちが部屋を見つけられないことを伝えました。しかし、女性はカラカラと笑ってその場を去り、二人は再び道を探し始めました。
不思議なことに、その女性が去った直後、部屋がすぐに見つかりました。妹さんは、その女性が何者かの係で、彼女の去る際に空気が変わったと感じたと言いました。
翌日、二人は不安から早々に宿泊をキャンセルしました。地元のタクシー運転手からは、その地域で同様の迷いが起こることがあると聞かされました。外でも宿内でも、迷った人々が最終的に元の場所へ戻る直前に、いつもその初老の女性と出会うというのです。
この話を聞いて、箱根の自然が織り成す不思議な力や、もしかすると旅館に宿る何かが関係しているのかもしれないと思いました。