足が欲しい
大学時代、一つ上の先輩から聞いた話。
小学4年生の頃、学校からの帰り道にいつも脇道から出てくる中年の男性がいた。
しかも常に彼女がその脇道を通りかかる時に出てきて、ぼんやりと立っていたという。
幼心ながら不気味に思っていた先輩はそのことを母親に相談したところ、暫く車で送り迎えをすることになった。
1ヶ月ほど車で送り迎えを行った後、もうそろそろ良いだろうということになり、再び徒歩での登下校になった。
そして実際、それから暫くは何も無かった。
※
しかし、その男は再び現れた。
彼女がいつものように帰り道を歩き、例の脇道に差し掛かった時だった。
ぬっと誰かが脇道から出てきた。あの中年の男だった。
そしていつも黙って立っているだけだった男は、彼女の方を見てこう言った。
「足が欲しい」
気が付くと彼女は自宅の前にいた。
しかし、その間の記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっていた。
それ以降、その男には一度も会っていないという。
「そういえば、そのおっさんの腰から下がどんな風だったか、全然思い出せないんだって」
と先輩は話の最後にそう語った。
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同じ先輩がやはり小学生の頃に体験した話。
その日は風邪気味で学校を休んでおり、自宅の2階にある自室で布団にくるまっていた。
ぼんやり外を眺めていると、家の前の道に喪服のような黒い服と帽子を纏った髪の長い女性が、俯いて立っていることに気が付いた。
なぜかその女性のことが気になり、彼女はベランダに出て行った(なぜそのようなことを考えたのか、後になって振り返ってみてもよく解らないという)。
すると彼女がベランダに出ると同時に、その女性がふっと顔を上げた。
その顔は雪のように白かった。比喩ではなく本当に肌が真っ白だったのだ。
そして呟いた。その呟きは離れているはずの彼女にもはっきり聞こえたという。
「足が欲しい」
気が付くと彼女はベランダで倒れていた。
時計を見ると、気を失った時から2時間ほど経っていた。
※
ちなみに、その先輩は今でも五体満足で生活している。
また二十数年の人生の中で、手足を失うような病気や事故が起きたこともないという。
彼女が幼い頃に遭遇したものが何だったのかは、未だに判らないそうだ。