最後の帰郷

公開日: 心霊ちょっと良い話

田舎の風景

ある日、母と一緒に二時間ドラマを見ていたときのことだった。
登場人物として出てきたお手伝いさんの名前を聞いて、私は何気なく言った。

「お手伝いさんの名前って、大抵○○って言うよねえ」

すると母が懐かしそうに頷きながら、こう答えた。

「そういえば、私が子どもの頃にいたお手伝いさんの一人も、○○ちゃんだったわあ」

「え? お手伝いさんなんていたの!?」

思わず声を上げてしまった。
今では考えられないようなことだったから、驚きを隠せなかった。

けれど考えてみれば、戦前から代々この田舎町で名士として暮らしていた祖父母の家は、かなり大きかった。
特別なお金持ちというわけではないが、お手伝いさんがいたというのは、当時の地方の暮らしとしては不思議ではなかったのかもしれない。

数日後、祖母の家を訪れた際、その話を聞いてみた。

「昔、この家に○○さんってお手伝いさんがいたんやって?」

すると祖母は少し懐かしそうに、遠くを見るような目で語り始めた。

「ああ、○○ちゃんって子がおってなあ…」

○○ちゃんというその少女は、まだ十七歳。
山間の田舎村から奉公に来ていたという。

曾祖父母も、祖父母も、そして小さかった頃の母やその弟たちも、皆が彼女を可愛がっていた。
とくに、よく買い物に行っていた商店のおばさんが、○○ちゃんのことをとても気に入っていたらしい。

祖母はある年の誕生日に、○○ちゃんにコートをプレゼントした。
○○ちゃんはそのコートをたいそう気に入り、どこへ行くにも必ず羽織って出かけた。

商店のおばさんにそのコートを褒められると、○○ちゃんは嬉しそうにこう答えていたそうだ。

「奥様に買ってもらったんです」

その無垢な喜びを思い出したように、祖母の声は少しだけ揺れていた。

しかし、幸福な日々は長くは続かなかった。

数年後、○○ちゃんは結核を患ってしまったのだ。

病気が発覚すると、家で働き続けることは難しく、やむなく故郷へと戻されることになった。

「帰りたくない…」
そう泣いてすがる○○ちゃんを、祖母は胸が張り裂ける思いで見送ったという。

「実家でしっかり静養して、治ったらまた戻っておいで」

そう言って、迎えに来たご両親に彼女を託した。

それから数ヶ月が経ったある日。
商店のおばさんが、祖母の元を訪れて言った。

「○○ちゃん、帰ってきたんやねえ。でも、この前声をかけたら無視されてしもうたんよ。何かあったんやろか?」

祖母は首を傾げた。

「帰ってきてへんけど…。ほんまに○○ちゃんやったん?」

「うん、よう似た子やないと思うよ。だって、あのコート着てたんやもん。あんたがあの子にあげたコート」

「……それなら、間違いないわねえ。もしかして、近くに来てたんやろか」

どこか戸惑いと不安を含んだ沈黙が流れた。

数週間後、○○ちゃんの母親から一通の手紙が届いた。

そこには、○○ちゃんが亡くなったことが記されていた。
命を落としたのは、商店のおばさんが○○ちゃんを見かけたという、その当日だったという。

祖母はしばらく無言のまま手紙を見つめ、ぽつりと呟いた。

「……あの子、ほんまはこの町に、帰ってきたかったんやねえ」

その言葉は、静かな風のように、部屋の中を通り過ぎていった。

心の奥に残る、小さな別れの物語だった。

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