黒い背広と赤茶けた背広

黒い背広と赤茶けた背広

八女の家では、金魚の鉢の水を、いっぺんに全部は替えません。

必ず、古い水をひと椀だけ残して、新しい水に混ぜます。

子どものころ、私はそれを、水温を急に変えないためだと思っていました。

違いました。

提灯の町

福岡の八女という町です。

白壁と、深い庇の家が並んでいます。

仏壇と提灯を作る職人が多い町でした。

祖母の家も、その一軒でした。

骨に紙を張り、絵を描いて、火袋を仕上げる仕事です。

作業場は北向きで、いつもうす暗く、糊の匂いがしていました。

お盆が近づくと、家じゅうに提灯がぶら下がります。

まだ火の入っていない、白いままのものです。

それが天井から三十も四十も垂れているのは、子どもには少し怖い眺めでした。

祖母は、その下で座って、細い筆を持っていました。

※

すくってきた日

二匹をすくったのは、七月の終わりの祭りでした。

川べりに屋台が並ぶ、小さな夏祭りです。

金魚すくいの水槽の前で、私は三十分ほど粘りました。

紙は五枚も破りました。

最後に残ったのが、黒い出目金と、赤い和金でした。

屋台のおじさんが、袋に入れながら言いました。

「二匹はよかばい。一匹やと寂しかけんね」

私は嬉しくて、袋を胸に抱えて走って帰りました。

帰り着いたとき、祖母は玄関の外で待っていました。

「持って入らんとね」

「うん」

「ちょっと待ちない」

祖母は、家の中から欠けた椀を持ってきました。

そして、縁側の鉢に汲んだ井戸水へ、袋の中の水を少しだけ移したのです。

屋台の水です。

「これでよか」

「なんで入れると」

「よその水も、少しは要るとよ」

行きと帰りは、そのときにもう決まっていたのだと思います。

※

ひと椀の水

縁側に、金魚の鉢がありました。

私が近所の祭りですくってきた二匹です。

一匹は黒く、一匹は赤い金魚でした。

黒いほうは出目で、赤いほうは尾が長い。

名前はつけていませんでした。

祖母が、つけるなと言ったからです。

「名前ばつけたら、よそへ行かんごとなる」

私は、居着くという意味だと思って、素直にうなずきました。

水を替えるのは、祖母の役目でした。

祖母は、鉢の水を替えるとき、古い水をひと椀だけ残しました。

欠けた小さな椀です。

それだけを取り分けて、新しい水に戻す。

「なんで残すと」

「うちの水と、よその水ば混ぜとかんといかんけん」

「混ぜんかったら、どげんなると」

「うちの魚やなくなる」

そのときは、意味が分かりませんでした。

※

小学二年の九月

その日は、九月のはじめでした。

まだ暑くて、蝉が鳴いていました。

学校から帰ると、家に鍵がかかっていませんでした。

祖母は組合の寄り合い、両親は仕事です。

誰もいませんでした。

ランドセルを置いて、縁側へ行きました。

鉢の中で、二匹が動かなくなっていました。

黒いほうも、赤いほうも、並んで底に沈んでいました。

私は、そこに座り込んで、声を上げて泣きました。

誰もいないので、遠慮なく泣けました。

あれほど大きな声を出したのは、後にも先にもあのときだけです。

※

叔父が二人

玄関で、人の声がしました。

顔を上げると、男の人が二人、たたきに立っていました。

母の兄と、その弟です。

遠くの町に住んでいて、私は法事でしか会ったことがありませんでした。

この家に来たことは、たぶん一度もありません。

二人とも背広を着ていました。

「県庁に用のあってね、寄ってみたとよ」

「なんね、あんた泣きよったと」

私は、あわてて顔をこすりました。

「泣いとらんです」

「一人で留守番して、寂しゅうて泣きよったとやろ」

「泣いとらんもん」

二人は、笑いませんでした。

笑いも怒りもせず、ただ静かに立っていました。

※

三度目

いま思えば、二人は上がってきませんでした。

たたきに立ったままです。

靴も脱ぎませんでした。

もう一度、同じことを訊かれました。

「ほんとに、泣いとらんとね」

私は三度目に、答えてしまいました。

「泣いとらんて言いよろうもん」

そう言ったとたん、二人は目を合わせました。

それから、上の叔父のほうが、こう言いました。

「お父さんとお母さんば、大事にしんしゃい」

それだけです。

二人は玄関を出て行きました。

私は追いかけませんでした。

追いかけようという気持ちが、なぜか起きなかったのです。

※

母がかけた電話

夕方に母が帰ってきました。

私は、金魚のことと、叔父が来たことを話しました。

母は、金魚の話には「そうね」とだけ言って、叔父の話のところで手を止めました。

「二人で来たと」

「うん」

「背広で」

「うん」

母は、そのまま電話へ行きました。

ダイヤルを回す音を、私は台所から聞いていました。

ずいぶん長く話していました。

戻ってきた母の顔が、少しおかしかったのを覚えています。

怒っているのでも、驚いているのでもない顔でした。

「二人とも、今日は町役場から一歩も出とらんて」

「うそ」

「嘘やなか。ずっと会議やったて」

※

母が驚かなかったこと

いま思い返して、いちばん不思議なのは母のことです。

母は、叔父たちが役場から出ていないと聞いても、驚きませんでした。

受話器を置いて、台所に戻って、味噌汁の鍋の火をつけました。

ふつうなら、もっと騒ぐはずです。

母もまた、八女の家に生まれた人でした。

三十年後に、私はそのことを本人に確かめました。

「あんとき、なんで平気やったと」

「平気やなかよ。手が震えとった」

「じゃあ、なんで何も言わんかったと」

「言うたら、あんたが名前ば訊きにいくやろ」

母は、電話をかける前から分かっていたのだそうです。

それでも、電話をかけたのは、私に「確かめる大人」の姿を見せるためでした。

「怖がるだけの子は、そのうち一人で確かめに行くけん」

大人が先に確かめてしまえば、子どもは行かなくて済む。

そういう守り方があるのだと、私は自分に子どもができてから知りました。

※

ひと椀ぶん

その晩、祖母が帰ってきました。

母から話を聞いて、祖母は縁側へ行きました。

鉢をのぞいて、しばらく黙っていました。

それから、こう言いました。

「水の、減っとる」

私は、意味が分かりませんでした。

誰も水を替えていないのです。

祖母は、欠けた椀を持ってきて、鉢の水面に当てました。

ちょうど、椀ひとつぶんでした。

「持って行きなさったとよ」

「誰が」

祖母は答えませんでした。

ひと椀を残すのは、水を替えたことを隠すためではありませんでした。

八女の古い家では、うちの水と外の水を混ぜておくのだそうです。

一度でも全部を新しい水にしてしまった鉢の魚は、その家のものではなくなる。

そして、その家のものでなくなった魚は、いなくなるときに、挨拶に来ないのだと。

逆に言えば、混ざった水を持っていける魚は、挨拶に来られるのだそうです。

ひと椀の水は、行きと帰りの目印でした。

※

提灯を二つ

祖母は、その晩、作業場から提灯を二つ持ってきました。

白いままの、まだ絵の入っていないものです。

縁側に吊るして、両方に火を入れました。

ろうそくです。

八女の決まりは、いくつもありました。

提灯の火は、家の者が入れて、家の者が消す。

よそから来た人に消してもらった提灯は、その人の家のものになる。

そして、うちの生き物がいなくなった日は、二つ灯して、一つだけ消す。

「なんで一つ残すと」

「もう一つは、明日の朝までよかとよ」

「消したらいかんと」

「消したら、帰る道の分からんごとなる」

祖母は、右側の一つだけ、ふっと吹いて消しました。

左側は、朝まで灯っていました。

私は、その灯りを見ながら眠りました。

※

背広の色

ずっとあとになって、私は一つのことに気づきました。

あの日の二人の背広です。

黒い背広と、赤茶けた背広でした。

片方はきちんとした黒です。

もう片方は、陽に焼けたのか、袖のあたりが赤みを帯びていました。

法事で会うときの二人は、いつも同じ黒でした。

赤茶けた背広など、一度も見たことがありません。

鉢の中の二匹は、黒と赤でした。

それに気づいたのは、二十歳を過ぎてからです。

気づいた晩、私は誰にも言いませんでした。

言葉にすると、確かめたくなります。

確かめたら、たぶん、いけないのです。

※

訊いてはいけないこと

祖母が亡くなる前の年に、一度だけ聞いてみました。

あの日のことです。

祖母は、筆を洗いながら答えました。

「知らせに来なさった人にはね、名前ば訊いたらいかん」

「なんでですか」

「訊いたら、その人がうちの人になるけん」

「うちの人になったら、どげんなると」

「次に知らせに行くとが、その人になる」

私は、背筋が冷えました。

母は、あの日、電話をかけました。

けれど、名前は訊いていません。

叔父が二人で来た、とだけ言って、その日の予定を確かめただけです。

祖母は、そのことをちゃんと知っていました。

「あんたのお母さんは、上手やった」

そう言って、笑いました。

私は、三度目に答えてしまったことを、ずっと言えずにいます。

※

二度までは

訊かれたら、二度までは答えてよい。

三度目は答えない。

それが、この町のもう一つの決まりでした。

私は知りませんでした。

八歳の子どもに、誰も教えていませんでした。

教えなかったのは、教えると答え方を覚えてしまうからだと、あとで叔母に聞きました。

「知らんうちに二度で止まる子は、それでよか」

「三度目に答えた子は」

叔母は、そこで話を切りました。

切り方が、祖母とよく似ていました。

この家の人は、みんな途中でやめる話し方をします。

※

同じ夢

叔父たちのその後のことも、書いておきます。

母が電話をかけた相手は、上の叔父の奥さん、つまり伯母でした。

伯母は、二人が役場に籠っていたことを教えたあと、こう続けたそうです。

「そういえば今朝ね、うちの人と弟さん、同じ夢ば見たて言いよったよ」

「同じ夢」

「水の中ば歩く夢やて。膝までしか濡れんとに、なかなか向こう岸に着かんとって」

二人は、朝の駐車場でその話をして、笑ったのだそうです。

兄弟で同じ夢を見るのは珍しい、と。

母は、その話を私には長く伏せていました。

教えてくれたのは、私が四十を過ぎてからです。

「なんで今ごろ言うと」

「あんたが、もう確かめに行かん歳になったけん」

膝までしか濡れない水の中を歩く。

それがどういうことなのか、私は考えないようにしています。

考えると、椀の水の量のことまで考えてしまうからです。

※

白いままの理由

提灯に絵を入れない理由も、あとで聞きました。

八女の提灯は、ふつうは花や風景を描きます。

薄い紙に、裏から光が透ける絵です。

ところが、知らせのあった晩に灯すものだけは、白いままにするのだそうです。

「絵ば描いたら、うちの提灯になってしまうけん」

「白やったら、誰のでもなかと」

「そう。誰のでもなかもんは、持って行かれても構わん」

祖母は、そう言って笑いました。

作業場には、白いままの火袋がいつも二つだけ、棚の奥に置いてありました。

売り物ではありません。

いつ使うことになるか分からないので、切らさないようにしていたのです。

片づけのとき、その棚を開けました。

二つ、ちゃんとありました。

祖母が亡くなった年に作ったものです。

骨の組み方が、それまでのものより少し粗くなっていました。

手が思うように動かなくなってからも、二つだけは絶やさなかったのだと思います。

私は、その二つを福岡の家へ持って帰りました。

※

庇の下で聞いた話

もう一つ、この町で聞いた話を書いておきます。

近所に、仏壇の彫りをしている年配の男の人がいました。

片づけの日、荷物を運んでいると、庇の下から声をかけられました。

「ばあちゃん、上手やったもんね」

「絵ですか」

「絵もばってん、消すとが上手やった」

提灯を消す、というのは、ただ吹き消すことではないのだそうです。

息の当て方で、火袋の中が煤けたり煤けなかったりする。

上手な人が消した提灯は、内側が白いまま残ります。

「ばあちゃんの消したとはね、次の年も使えるとよ」

「じゃあ、うちにあるのも」

「使えるやろ。使わんですむとが、いちばんよかばってんね」

その人は、それだけ言って、彫りの続きに戻りました。

八女の人は、こういう終わり方をよくします。

肝心なところで、道具のほうへ手が戻るのです。

※

注文帳の一行

祖母の家を片づけたとき、作業場から古い注文帳が出てきました。

提灯の注文と、納めた先が書いてある帳面です。

五十年ぶんほどありました。

ほとんどが商売の記録です。

ところどころに、注文でない行が混ざっていました。

日付と、こんな書き方です。

「白のまま 二」

絵を描かず、白いまま火を入れた提灯の数です。

数えると、五十年で十一回ありました。

そのうちの一つが、あの九月の日付でした。

十一回のどれにも、納め先が書いてありません。

誰に渡したものでもないからです。

そして、その十一回のうち二回だけ、数字が「二」ではなく「一」でした。

一つしか灯していない、ということになります。

その意味を、私は知りません。

知っていた人は、もういません。

叔母に聞いても、首をかしげるだけでした。

「うちは、そこまでは聞いとらん」

「一つやったら、どうなるとやろ」

「知らんほうがよかろうもん」

※

三十年後

私はいま、福岡市に住んでいます。

八女の家は、もうありません。

去年の夏、娘が学校の縁日で金魚をすくってきました。

二匹です。

黒と、赤でした。

私は、その鉢の水を替えるとき、欠けた椀を使いました。

祖母の家から持ってきた、あの椀です。

娘には、名前をつけるなと言いました。

理由は言いませんでした。

娘は不服そうでしたが、つけませんでした。

秋の終わりに、赤いほうが底に沈みました。

娘は泣きました。

その日、私は仕事を早く切り上げて帰りました。

玄関で、少しだけためらいました。

もし、たたきに誰か立っていたらどうしよう、と思ったのです。

誰もいませんでした。

※

一つだけ残す

その晩、私は提灯を二つ灯しました。

八女で買っておいた、白いままの小さなものです。

マンションのベランダに吊るしました。

妻は何も言いませんでした。

「変な人やね」

「そうかもね」

「消さんと」

「一つだけ消す」

右側を吹いて消して、左側は残しました。

翌朝、左側のろうそくは、まだ半分ほど残って灯っていました。

八女で使う和ろうそくは、太さのわりに長く保ちます。

だから、そういうことなのだと思います。

そう思うことにしています。

娘は、その朝、鉢の前でしばらく座っていました。

「昨日ね、おじさんが二人おった」

私は、水を汲む手を止めました。

「どんな人」

「知らん。名前、聞いてない」

私は、それ以上訊きませんでした。

訊いてはいけないからです。

いなくなった家族が形を変えて挨拶に来る話は、この町だけのものではないのかもしれません。

親友の加護や犬の幽霊のような話を読むと、私はいつも、あの欠けた椀のことを思い出します。

鉢の水は、いまも全部は替えていません。

ひと椀だけ、残しています。

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