カレンダーの断片

公開日: 意味がわかると怖い話

カレンダー

久しぶりに実家へ帰った。

玄関を開けた瞬間、母の記憶が蘇る。

認知症を患っていた母は、いつも父を困らせていた。

食事を忘れたり、夜中に起き出しては家中をうろついたり。

それでも、父は文句ひとつ言わず、母につきっきりで世話をしていた。

母が亡くなって数年が経つ。

今日、私はふとしたきっかけで、彼女の書斎に足を踏み入れた。

懐かしい香りと、そこかしこに残る母の気配。

書棚には、私が学生時代に贈ったカレンダーが飾ってあったはずだった。

しかし、見当たらない。

不思議に思って机の引き出しを開けると、バラバラに切られたカレンダーの断片が整然と並べられていた。

日付部分だけが、まるで何かを伝えるように、丁寧に並んでいる。

「どうして……?」

私は思わず呟いた。

母はどんなに認知が進んでも、私からの贈り物を大切にしてくれていた。

その母が、わざわざカレンダーを切り刻むなんて——ショックだった。

だが同時に、これは単なる破棄ではないようにも思えた。

残された日付を、私は一つずつ整理してみた。

4/4、4/4、4/10、6/11、3/1、6/12、5/6、7/2、6/7、6/17、4/10、4/14、5/16。

その中に、1枚だけ上下逆さまに置かれた「6/17」の断片があった。

私は何気なく向きを直し、他の日付と同じように揃えた。

その時、階下から父の声がした。

「晩ごはん、できたぞ」

五年ぶりに食べる父の手料理。

感傷を胸にしまい込み、私はそっと書斎の扉を閉じた。

——後になって知ることになる。

あの数字列は、周期表に基づいた“元素記号の暗号”だった。

たとえば「4/4」は4周期4族、つまりチタン(Ti)。

それをすべて置き換えると、こうなる。

Ti Ti Ni Au Na Hg Mo Ra Re At Ni Ge Te

問題は、あの逆さに置かれていた「6/17」——これは「At(アスタチン)」の逆で、「Ta(タンタル)」。

読み方をローマ字風にすると……

ちちにあうな Hg(すいぎん) もられた にげて

——「父に会うな。水銀を盛られた。逃げて」

あの日の夕食は、少し苦みのあるスープだった。

父は笑顔だった。

私は、なぜあの暗号にもっと早く気づけなかったのだろう。

——今もその苦みだけが、舌に残っている。

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