小屋の二階

17

俺がまだ大学生だった頃、サークルの仲間と旅行に行った。

メンバーの殆どが貧乏学生だったので、友達に聞いた安い民宿で泊まることにした。

民宿のすぐ隣に古い小屋みたいな建物が建っていた。ボロいんだけど、妙に大きい。

その建物を見て、メンバーの中の霊感強めの女の子が震え始めた。

「2階がヤバイ」

「こっちを見てる」

みたいなことを言って、

「こんなところには泊まれない」

と帰ってしまった。

夜に飯を食べ花火もして、何だか退屈になってきたので、隣の大きな建物に行ってみようぜという話になった。

女の子の内で2人は反対したので、男5人と女2人で行くことになった。

いざ来てみると、結構雰囲気が怖い。

一階に大きな戸があって、開けてみると納屋というか…、農機具とかが置いてある土間だった。

天井でゴトゴトと何かが動くような物音がしたと思うと、外に居た奴らが

「電気ついた、電気ついたよー」

と言い出した。

一旦外へ出てみると、上の方の窓から明かりが漏れている。

「やばいって」

「怒られるんじゃねー」

みたいなこと言ってると、窓が開いて、にゅっと首が出てきた。

明かりが逆光になって顔が黒い。俺はかなりびびっていた。

すると、その首の持ち主が手招きした。

「おーう、そんなとこにいないで、上がってこいよ」

意外に若そうな声だった。ちょっと安心した。

酒もあるし、という誘いに乗って、じゃあ上がろうかって事になった。

一階の壁際に、上に昇る階段があった。

始めは明かりが無くて暗かったけど、途中の踊り場からは、上から照らされてほんのり明るくなっていた。

開けっ放しの扉から中に入ると、30歳くらいの男がテーブルの向こう側に座っていた。

テーブルの上には料理とビールが置いてあった。

部屋の中は、インドっぽいというか、木彫りの置物や楽器が置かれていて、極彩色の神様や、映画のポスターなんかが貼られていた。

無茶苦茶広い部屋なんだけど、その割に照明が小さくて、隅の方には殆ど光が届いていない。

「まあ、ビールでも飲んでくれ」

そう言ってビールと料理を勧められ、俺たちはその男と酒を飲んだ。

男がインドへ旅行した話や、最近の音楽の話なんかをした。

CDがかなりのボリュームで鳴っていたので、気になった女の子が聞くと、

「大丈夫だ」

と男は言って、更に音量を上げた。

ふと時計を見ると、もう遅かったので帰ることにした。

男は倉庫の入り口まで見送ってくれた。

次の日の朝、朝飯を食っている最中に、民宿のおばちゃんが

「昨晩あの建物に行ったのか?」

と聞いてきた。

「行った」

と答えると、おばちゃんは

「何もなかったか?」

と、しつこく聞いてきた。

帰りの車の中で、残っていた女の子に

「昨日はうるさかったんじゃねーの?」

と聞くと、

「それほどでもかったけど…」

と言ってから、こんなことを言った。

「あの時、音楽が聞こえてきたんで、何やってるんだろうって思って、窓からあの建物をみていたら、明るい窓の下に小さく明かりが灯っていて…。

それで、また消えたと思ったら、一階の戸が開く音がしたんだ」

すると、昨日行ったメンバーのMという奴がそれを聞いて

「マジかよ…」

と呟き、話し出した。

「あの倉庫から階段上がった時に、踊り場あっただろう。あそこの壁に、分かりにくかったんだけど、扉があったんだよ。

その時は、なんだろうって思ったけど、別に気にしていなかった。

で、帰る時に、その扉がほんの少し開いてたんだ。俺、見間違えたのかなって思ってたんだけど…」

「え? …ってことは、俺らが飲んでたのって3階なの?」

俺はちょっと焦って聞いた。

「じゃあさ、1階に入った時、上で物音してたじゃん。あれって…」

思い出してみれば、おかしいところは幾つもあった。

俺らが1階の倉庫みたいなところに入るまで、3階の窓は真っ暗だった。

あの階は一つの大きな部屋しかなかったはず。

じゃあ、あの男は俺たちが来るまで、暗闇の中で何をしていたのか?

そして、あの料理。一人で食べるには多すぎる量。だけど温かかった。

誰かが来るのを待っていたのか? 明かりを消して? 俺たち以外の誰を?

そんなことを車の中で話すうちに、なんだか気味が悪くなってきた。

「イヤな感じだな」

「後味悪~い」

なんて言いながら帰った。

帰ってみると、先に帰ったはずの女の子が失踪していた。

一緒のアパートに住んでいる人に聞くと、あの晩、部屋には戻ったらしいが、いつの間にか居なくなっていた。

部屋は荒らされたり、片付けをした様子もなくて、ただ普通に買い物に出たような感じだった。

彼女はまだ見つかっていないそうだ。

後日談

一連の話を書き込んだ後、あの時のメンバーの一人(以下A)に電話をした。

別に何かを期待してた訳じゃなくて、何となくケジメみたいな感じで。

そしたら、Aがちょっと情報を持っていて驚いた。

先に電話しておくんだったなと思いながら話を聞いた。

Aの話

あの民宿を紹介してくれた奴(以下B)と、仕事上の付き合いで再会した時、あの大きな建物の話をした。

あれは地元の共同倉庫で、集会所になっていた場所だったらしい。

でも、新しい集会所が出来て使われなくなったので暫く放って置いたのを、外の誰かが土地ごと買った。

それで、いつの間にかあの男が住んでいた。

あの男が何をして暮らしているのかは、誰も知らなかった。

「なんでそんなこと知ってんだ?」

と聞いたら、Bが泊まった時に例の民宿のおばちゃんが話してくれたらしい。

軽い感じで喋ってたけど、

「あそこにはあんまり近づかない方が良い」

と言ったそうだ。

なんでも、地元の人達と揉め事を起こしている最中だと。

でも、Bと友達は夕暮れ時にそこへ行った。

そこでBは、倉庫の天井から魚が吊してあったのを見た。凄く臭かったらしい。

その後、天井の方から大きな音がしたので、Bたちはヤバイと思って慌てて外に出た。

その夜、あの建物の方から数人の男が言い争う声が聞こえたそうだ。

Bの話はこれで終わり。

もう一つ。あの時失踪した女の子(以下S)が見つかった。

その辺の事情はCが詳しいので直接聞いた方が良いと思い、次の日Cに電話をかけた。

CとSとは田舎が同じだった事もあり、あの時のメンバーの中では一番仲が良かった。

Cの話

Sが失踪してから1年程経ったある日、私の家にSの母親から電話があった。

あの日のことについて話が聞きたいと言う。それで、近所の店で会って話をすることになった。

その時にS母が語ったことによると、実はSは失踪してから一ヶ月後には、実家の近くで見つかっていたらしい。

ただ、精神に異常を来していたので、学校や友達には失踪中という事にしておいたらしい。

私も黙っているように頼まれた。

なぜ失踪したのか? 失踪中はどこで何をしていたのか? 親や病院の人が聞いても何も答えない。

ただ一言、

「ひさゆき」

という名前を一度だけ呟いた。

それで警察は、関係者の中にそんな名前の人間が居たかもう一度チェックしたらしい。でも居なかった。

Sはまだ病院に通っているけど、随分回復しているようだ。

会ってはいないが、Sの母が電話をくれた。だから私も、もう人に話しても良いかなと思った。

ただ、あの日の事について、Sは覚えていないのか口にすることはないそうだ。

関連記事

山

土着信仰

俺の親の実家の墓には、明治以前の遺骨が入っていない。 何故かと言うと、その実家がある山奥の集落には独自の土着信仰があり、なかなか仏教が定着しなかったから。明治まで寺という概念すら…

早死一族

うちの爺さんの親父だか爺さんだか、つまり俺の曾祖父さんだか、ちょっとはっきりしないんだけど、その辺りの人が体験したという話。 自分が子供の頃、爺さんから聞いた話。もう爺さんも死ん…

お地蔵様(フリー写真)

英語地蔵

墓石に混ざって、お地蔵様のような、奇妙な仏様か道祖神のような石が奉られている墓地がある。 それは墓石の一種らしく、それも奉られてたり墓石扱いされていたりするのだが、かなり異様。…

リンフォン

先日、アンティーク好きな彼女とドライブがてら、骨董店やリサイクルショップを回る事になった。 俺もレゲーとか古着など好きで、掘り出し物のファミコンソフトや古着などを集めていた。買う…

結婚指輪(フリー写真)

ムサカリ

俺は今は大きなデザイン事務所に勤めているのだけど、専門学校を出て暫くは、学校から勧められた冠婚葬祭会社で写真加工のバイトをしていた。 葬式の場合は遺影用としてスナップから顔をスキ…

江ノ島

海水浴で見た親子

俺は毎年7月下旬の平日に有給休暇を取り、湘南まで一人で海水浴に行っている。 土日は人が多いし彼女や友達と一緒も良いけど、一人の方が心置きなく一日砂浜に寝そべってビールを飲み、日頃…

女友達の話

怖いと言うか気持ち悪い話。動物好きで特に猫好きの方は絶対に読まないで欲しい。 細かい会話とかは覚えてないので適当だが……。 俺の中学時代からの女友達の話。仮に佳織としておく…

夕焼け(フリー素材)

無知

最近、某巨大掲示板でとあるコピペを見つけた。 それを見て忘れかけていた数年前に起きた事件を思い出したので、ここに書こうと思う。 ※ 確か今から5年前の夏休み。俺が中学生の頃、…

犯罪者に縁のある私

今から書く事はすべて実話なんですが、心霊話ではありません。 私が9歳の時、父の仕事(自営)の取引先の人が初めて私の家に来た時、私が案内のために迎えに行きました。 その人は優…

山(フリー写真)

テンポポ様

俺の地元には奇妙な風習がある。 その行事の行われる山は標高こそ200メートル程度と低いが、一本の腐った締め縄のようなものでお山をぐるりと囲んであった。 女は勿論、例え男であ…