花魁の襖絵

b0021594_245427

友人Mが大学生だった頃のお話です。

名古屋の大学に合格したMは、一人住まいをしようと市内で下宿を探していました。

ところが、条件が良い物件は尽く契約済みで、大学よりかなり離れたところにようやく一件見つけることができました。

とても古い木造アパートで、台所やトイレなど全て共同なのですが、家賃がとても安いため、Mは二つ返事で契約を交わしました。

引っ越しを済ませ、実際に住み始めてみるととても静かでなかなか居心地のよい部屋での生活に、Mは次第に満足するようになったそうです。

そんなある晩のこと、Mの部屋に彼女が遊びに来ました。

2人で楽しくお酒を飲んでいると、急に彼女が「帰る」と言い出しました。

部屋を出ると、彼女は

「気を悪くしないで聞いてほしいんだけど、この部屋、なにか気味が悪いわ」

とMに告げました。

彼女によると、お酒を飲んでいる間、部屋の中に嫌な気配が漂っているのをずっと感じていて、一向に酔うことができなかったというのです。

「気を付けたほうがいいよ」と言う心配そうな彼女の言葉をMは一笑に付しました。

元々その手の話を全く信用しないMは「そっちこそ気を付けて帰れよ」と、彼女を見送ってあげたそうです。

しかし、結果的にこの時の彼女の言葉は取り越し苦労でも何でもなく、その部屋はやはりおかしかったのです。

この頃から、Mは体にとてつもない疲れを覚えるようになりました。

別段アルバイトがきついという訳でもないのに、部屋に帰ると立ち上がれないぐらいに力が抜けてしまいます。

また、夜中寝ている間に、誰かが首を絞めているような感覚に襲われ、突然飛び起きたりしたこともありました。

そのせいでMは食欲も落ち、げっそりと痩せてしまいました。

きっと病気だろうと医者に診てもらいましたが、原因は分からずじまいでした。

心配した彼女は、「やはりあの部屋に原因がある」とMに引っ越しを勧めましたが、あいにくそのような費用もなく、Mは取り合おうともしませんでした。

そして、そのまま2週間ほど経ったある晩のことです。

その日、Mはバイトで大失敗をしてしまい、いつにも増してぐったりとしながら夜遅く部屋に帰り、そのまま眠ってしまいました。

真夜中、ものすごい圧迫感を感じて急に目を覚ましましたが、体は金縛りのため身動き一つ取れません。

ふと頭上の押入れの襖に目をやりました。

すると、閉まっている襖がひとりでにするする…と数センチほど開いたかと思うと、次の瞬間、ぬーっと真っ白い手がMの方へ伸びてきたそうです。

Mは心の中で『助けて…』と叫ぶと、その手はするするとまた隙間へと戻っていきました。

しかし、ほっとしたのもつかの間、今度は襖の隙間から真っ白い女の人の顔が、Mをじっと見つめているのを見てしまったそうです。

Mは一睡もできないまま、朝を迎えました。

やがて体が動くようになり、Mは部屋を飛び出しました。

そして、彼女をアパート近くのファミレスに呼び出し、「どうしようか」と2人で途方に暮れていたそうです。

ちょうどその時、少し離れた席に一人のお坊さんが座っていました。

そのお坊さんは、先程より2人のことをじっと見ていたのですが、いきなり近づいてきたかと思うと、Mに向かって「あんた、そんなものどこで拾ってきた!」と一喝したそうです。

Mが驚きながらも尋ねると、Mの背中に強い念が憑いており、このままでは大変なことになると言うのです。

Mは、今までの出来事を全て話しました。

するとお坊さんは、自分をすぐにその部屋に連れて行くようにと言ったそうです。

部屋に入ると、お坊さんはすぐに押入れの前に立ち止まり、しばらくの間、その前から動こうとしません。

そして突然印を切るといきなり襖を外し始め、その一枚を裏返して2人の方へ向けました。

その瞬間、Mは腰を抜かしそうになったと言います。

そこには、なんとも色鮮やかな花魁(おいらん)の絵が描かれていました。

舞を舞っているその姿はまるで生きているようで、心なしかMの方をじっと見つめているように感じたそうです。

お坊さんによれば、

「どんないきさつがあったかは私には分からないが、この絵にはとても強い怨念が込められていて、君の生気を吸って次第に実体化しつつあり、もう少しで本当に取り殺されるところだった…」

と告げたそうです。

お坊さんは、襖の花魁の絵の周りに結界を張ると、

「すぐ家主に了解を得て、明日自分の寺にこの襖絵を持ってきなさい」

と言い残し、立ち去りました。

次の日、彼女と共にお寺に赴きました。

そして、その襖絵は護摩とともに焼かれ、供養されたということです。

関連記事

横穴

ゆうちゃんとトミー

中学生時代の友達で「ゆうちゃん」という男がいた。 彼は直感が優れていて、何かの危険が迫っていると「嫌な感じがする」と呟き、さりげなく回避行動に出られるタイプの男だった。 俺…

林道(フリー写真)

姥捨て山

俺の兄貴が小学生の頃、まだ俺が生まれる前に体験した話。 兄貴が小学5年生の春頃、おじいちゃんと一緒に近くの山へ山菜採りに入った。 狙っていたのはタラという植物の芽で、幹に棘…

暗い歌

数年前、ある靴屋で働いていた時の事。 あまり忙しくない店だったから、閉店後の片付けはスタッフが1人で行っていたんだ。 ある夜、僕が1人で閉店準備をしていると、店内にかかって…

ビル(フリー写真)

鳴り続ける電話

先日、年末の追い込みで一人残業をしておりました。 残業規制厳しい折、電灯は自分の席のみに限定され、結構広い事務室は私の席を残して後は全部真っ暗の状況。 商店街の一角の会社と…

小学校の廊下

←ココ

この間、小学校の同窓会があった。その時に当然の如く話題に上がった、俺たちの間では有名な事件の話を一つ。 ※ 俺が通っていた小学校は少し変わっていて、3階建ての校舎のうち、最上階の3…

集落(フリー素材)

武君様

俺の住む集落には、『武君(たけぎみ)様』という神様が祀られている。 何でも、この集落を野武士などから守り命を落とした青年が神と成り、今もこの集落を守っているらしい。 この『…

クシャクシャ

その日はゼミの教授の話に付き合って遅くなり、終電で帰ったんだ。 俺の家は田舎で、それも終電という事もあり俺以外は車内に人は居なかった。 下車するまでまだ7駅もあったから、揺…

ヒッチハイク(長編)

今から7年ほど前の話になる。 俺は大学を卒業したものの、就職も決まっていない有様だった。昔から追い詰められないと動かないタイプで、「まぁ何とかなるだろう」とお気楽に自分に言い聞か…

赤ちゃんの手

隠された真実

私の母方の祖母は若い頃、産婆として働いていました。彼女は常に「どんな子も小さい時は、まるで天使のようにかわいいもんだ」と言って、その職業の喜びを語ってくれました。祖母は、新生児の無邪…

毟られる髪

中学時代、怪談ゲームを通して怪談話が好きになり、よく自分に構ってくれる母方従兄弟に怪談をせびってました。 従兄弟は新しいもの好きで、ロンゲメッシュと当時では珍しい格好、友達も多く…