顔を両手で覆う人々

f0203704_11283592

人混みに紛れて妙なものが見えることに気付いたのは去年の暮れからだ。

顔を両手で覆っている人間である。ちょうど赤ん坊をあやすときの格好だ。

駅の雑踏の様に絶えず人が動いている中で、立ち止まって顔を隠す彼らは妙に周りからういている。

人混みの中でちらりと見かけるだけで、そっちに顔を向けるといなくなる。

最初は何か宗教関連かと思って、同じ駅を利用する後輩に話を聞いてみたが、彼は一度もそんなものを見たことはないという。その時はなんて観察眼のない奴だと内心軽蔑した。

しかし、電車の中や登下校する学生達、さらには会社の中にまで顔を覆った奴がまぎれているのを見かけて、さすがに怖くなってきた。

後輩だけでなく、何人かの知り合いにもそれとなく話を持ち出してみたが、誰もそんな奴を見たことがないという。だんだん自分の見ていないところで皆が顔を覆っているような気がしだした。

外回りに出てまた彼らを見かけた時、見えないと言い張る後輩を思いっきり殴り飛ばした。

俺の起こした問題は内々で処分され、俺は会社を辞めて実家に帰ることにした。

俺の故郷は今にも山に飲まれそうな寒村である。

両親が死んでから面倒で手をつけていなかった生家に移り住み、しばらく休養することにした。

幸い独身で蓄えもそこそこある。毎日本を読んだりネットを繋いだりと自堕落に過ごした。

手で顔を覆った奴らは一度も見なかった。

きっと自分でも知らないうちにずいぶんとストレスが溜まっていたのだろう。そう思うことにした。

ある日、何気なく押入れを探っていると懐かしい玩具が出てきた。

当時の俺をテレビに釘付けにしていたヒーローである。

今でも名前がすらすら出てくることに微笑しながらひっくり返すと、俺のものではない名前が書いてあった。

誰だったか。そうだ、確か俺と同じ学校に通っていた同級生だ。

同級生といっても机を並べたのはほんの半年ほど。彼は夏休みに行方不明になった。

何人もの大人が山を攫ったが彼は見つからず、仲のよかった俺がこの人形をもらったのだった。

ただの懐かしい人形。だけど妙に気にかかる。気にかかるのは人形ではなく記憶だ。

喉に刺さった骨のように折に触れて何かが記憶を刺激する。

その何かが判ったのは生活用品を買いだしに行った帰りだった。

親友がいなくなったあの時、俺は何かを大人に隠していた。

親友がいなくなった悲しみではなく、山に対する恐怖でもなく、俺は大人たちに隠し事がばれないかと不安を感じていたのだ。

何を隠していたのか。決まっている。俺は親友がどこにいったか知っていたのだ。

夕食を済ませてからもぼんやりと記憶を探っていた。

確かあの日は彼と肝試しをするはずだった。夜にこっそり家を抜け出て少し離れた神社前で落ち合う約束だった。

その神社はとうに人も神もいなくなった崩れかけの廃墟で、危ないから近寄るなと大人達に言われていた場所だ。

あの日、俺は夜に家を抜け出したのだが、昼とまったく違う夜の町が怖くなって結局家に戻って寝てしまったのだ。

次の日、彼がいなくなったと大騒ぎになった時、俺は大人に怒られるのがいやで黙っていた。

そして今まで忘れていた。

俺は神社に行くことにした。親友を見つけるためではなく、単に夕食後から寝るまでが退屈だったからだ。

神社は記憶よりも遠かった。大人の足でも随分かかる。

石段を登ってから神社がまだ原形を留めていることに驚いた。

とうに取り壊されて更地になっていると思っていた。

ほんの少し期待していたのだが、神社の周辺には子供が迷い込みそうな井戸や穴などはないようだ。

神社の中もきっとあのときの大人たちが調べただろう。

家に帰ろうと歩き出してから、なんとなく後ろを振り返った。

境内の真ん中で顔を両手で覆った少女が立っていた。

瞬きした。少女の横に顔を覆った老人が立っていた。

瞬きした。少女と老人の前に顔を覆った女性が立っていた。

瞬きした。女性の横に古めかしい学生服を着込んだ少年が顔を覆って立っていた。

瞬きした。皆消えた。

前を向くと小学生ぐらいの子供が鳥居の下で顔を覆って立っていた。

俺をここから逃がすまいとするように。

あの夜の約束を果たそうとするように。

関連記事

花(フリー素材)

無念のアザ

妹が小学生の頃、家族ぐるみで仲良くしていた母子家庭のAさん親子がいました。 うちも母子家庭だったので、すぐ仲良くなったみたいです。 私は当時高校生だったので、学校やバイトで…

叩いている

高校の時、仲の良い友人が「週末、家に泊まらない?」って誘ってきた。 「親もいなしさ、酒でも飲もーぜ」って。 特に用事もなかったけど、俺は断った。 でも、しつこく誘って…

脱落者の烙印

上京してきた友人に聞いた話です。 友人は山奥の集落みたいな村に住んでたそうです。 その村ではいわゆる大地主一家が権力者で、一部の人は「様」付けで呼ぶほどの崇拝染みた扱いを受…

夕方の路地

道を教えて下さい

「道を教えて下さい」 夕方の路地でそう話し掛けてきたのは背の高い女だった。 足が異様に細く、バランスが取れないのかぷるぷると震えている。 同じように手も木の枝のように…

手伝うよ

私が通学する駅は自殺の多い駅だ。 そのせいか、電車の急停止が多い。 急停止が多いあまり、学校や会社に遅れても「電車が」「自殺があって」と言えば遅刻扱いにならず、受験は余った…

林(フリー写真)

お姉ちゃんと鬼ごっこ

神隠しみたいなものに遭ったことがある。小学一年生の夏休みのことだ。 実家はいわゆる過疎地にあり、地域には同い年の子が数人しか居なかった。 その日は遊べる友達が居なかったので…

指輪(フリー素材)

指輪

以前、井戸の底のミニハウスと、学生時代の女友達Bに棲みついているモノの話を書いた者です。 実は学生時代の話はもう一つあり、それについて最近判ったことがあったので投稿します。 …

優しい抽象的模様(フリー素材)

兵隊さんとの思い出

子どもの頃、いつも知らない人が私を見ていた。 その人はヘルメットを被っていて、襟足には布がひらひらしており、緑色の作業服のような格好。足には包帯が巻かれていた。 小学生にな…

夜の街灯(フリー写真)

迎えに来た叔母

20年近く前、まだ私が中学生だった頃の事です。 当時、親戚のおばさんでTさんという方がいました。 小さい頃は気さくでよく喋る方だったのですが、旦那さんが病気で亡くなってから…

少年と祖母

今年33歳になるが、もう30年近く前の俺が幼稚園に通っていた頃の話です。 昔はお寺さんが幼稚園を経営しているケースが多くて、俺が通ってた所もそうだった。今にして思うと園の横は納骨…