成りすまし

謎の男のシルエット

大学4年生の11月、Aの就職がようやく決まった。

本人は小さな会社だと言っていたが、内定を貰えたことに変わりはないし、晴れて仲間内全員の進路が決まったことで、1月に旅に行く運びとなった。

旅の発案をしたのはAだった。

レンタカーを借りて、東京から日本海側を北上し、青森を目指す計画だ。

当時、運転免許を持っていた僕とCが交代で運転をする代わりに、AとBとDがレンタカー代とガソリン代を払うということで話が折り合った。

僕を含めて5人の旅だった。

僕たち5人は大学のサークルで知り合った仲だ。

僕とCは同じ学部で同じゼミを専攻していたが、AとBとDは別の学部に通っていた。

旅の2週間程前に奇妙な出来事があった。

宿の手配や旅の詳細な計画が概ね完了した矢先、Bと全く連絡が取れなくなってしまったのだ。

電話をしても繋がらないし、家に行ってもBは留守だった。

Bと仲が良かった別の友人にも連絡をしてみたが、Bの所在は判らなかった。

出発の5日前、最後の打ち合わせをするために集合した。

依然としてBとは連絡が取れないままだった。

更にAとDの様子がおかしかった。

打ち合わせの結果、3日前になってもBと連絡が取れなかったら旅を中止することに決まった。

確かに個人的にも、Bが居なければ旅をする意味が半減してしまう気はしていたし、何よりも心配だったので、このままBが来なければ中止という意見に違いはなかった。

しかし、AとDが異常な程に旅は中止だ中止だと強く言っていたことが気掛かりだった。

帰り道、僕は仲間内でも特に仲が良いCと個別に話をした。

無論Bの事と、打ち合わせの時のAとDの挙動についてだ。

僕もCも同じことを考えていた。

Bの身に何かあったのではないかということと、その事にAとDが何か絡んでいるのではないかということだった。

その日の内に僕とCはBの家に行くことにした。

相変わらずBは家に居ないようだった。

諦めずに隣の部屋の住人に聞いてみると、Bのことは知らなかったが、大家さんの連絡先を教えてくれた。

早速電話し事情を話そうとしたが、大家さんからの一言に絶句した。

「Bさんという方は知りませんが、この家に住んでいた人は1ヶ月前に引っ越されましたよ」

住んでいた人の名前も確認したがBではなかった。

無論、AとDにはこの事は話さなかった。

出発の3日前が来た。

結局Bとは連絡が取れなかったので、予約した宿にキャンセルの電話をした。

3日前にキャンセルすること事態が申し訳ない気持ちだったので、少しでも早いほうが良いのではと思い、朝一番で電話をしたのだ。

すると、泊まるはずだった3つの宿は全て既にキャンセルされていた。

詳しく話を聞くと、1週間前にBと名乗る男からキャンセルの電話があったとのことだった。

僕はそのキャンセルをした男はBじゃないと思った。

直感だが、AかDのどちらかだ。そう思った。

旅館の人には念のため、僕が今日電話をしたことは黙っていて欲しいとお願いをしておいた。

その後すぐにCに連絡をし、急遽会うことにした。

合流した刹那Cは言った。

「このことはAとDには言わないほうが良い」

同意見だった。

「キャンセルの電話をこちらでするとカマをかけてみよう」

Aに電話をし、3日前になったからキャンセルの電話を入れる旨を伝えると、案の定「キャンセルの電話は俺がする!」と言ってきた。

僕は冷静を装いながら、3件あるから分担しようという案を出したが拒否をされた。

この日のやりとりで、AとDがBの失踪に絡んでいることがほぼ間違いないと睨んだ。

僕はAとDに状況を話して問い質そうと言ったが、Cはもう少しだけ時間が欲しいと言った。

どうやら個人的にAとDについて調べるつもりらしい。

僕はあまり気が乗らなかったが、Bについては本当に心配だったので、大学に訳を話してBの実家の連絡先を聞くことにした。

冬季休暇中の大学は人が少なく、窓口にも誰一人並んでいなかった。

窓口の人に理由を話すと調べてくれたが、AもBもDも僕が通う大学には在籍していなかった。

Bは先の件で偽名の可能性があったが、大家さんから聞いた名前でも在籍が無かった。

もう3人の名前が本名なのかさえ信用できなかった。

当初の出発日の前日にAから連絡が来た。

Bが戻って来たと言うのだ。

その後、2週間振りに5人が揃った。

最初はAの家でと言われたが、そこには行ってはいけない気がした。

そのため、適当な理由をつけて街中のファミレスで落ち合うことにした。

ファミレスに現れたBはBではなかった。

Bに似ている訳でもなく、完全に別人だった。

正直、僕は冷静を保ててはいなかっただろうし、鳥肌が引かなかった。

見た目は普通の人間だが、その顔からは悍ましさを感じた。

僕とCはBじゃないと言い続けたが、AとDはBだと言う。

その間、Bと名乗る別人は僕とCのことを交互に見続けた。

聞いてもいないのに失踪の経緯を説明し始め、Bは今日まで泊り込みでバイトをしていたと言う。

そして、そのバイトは期間中に外部と連絡を取ってはいけない仕事だったと話していた。

事前によく説明を聞いてなかったため、そのまま連絡が取れなかったというのが言い分だった。

更にBは続けて言った。

「明日からの旅行は行ける?」

Bの顔がさらに悍ましく見えた。

説明するようにAが言った。

「実は宿はキャンセルしなかったんだ。だから旅は決行できる」

既に宿がキャンセルされていることを知っているということは、ばれていないようだった。

或いは、ばれていても良かったのかもしれない。僕は混乱していた。

「3日前に旅は中止と決まっただろ。その際に、俺とこいつは別の予定を入れてしまったよ」

Cが言った。

散々引き止められ、断ることに時間を要した。

その間、今すぐにでも逃げ出したかったが、大学はおろか住所も知られているため穏便に進める必要があった。

Cのおかげで俺も冷静を取り戻し、何とかその日は解散となった。

解散となった後、僕とCは3人の後をつけた。

すると3人は10分程歩いた所にある駐車場に入って行った。

暫く待つと、Aが運転をする車が駐車場から出て来た。

Aは免許も持っていたのだ。

その後、すぐに引越しをした。

引越しをするまでの間も、家には物を取りに行くための1回しか帰らなかった。

引越しの日に久々に家に戻ると、誰かが侵入した痕跡があった。

卒業までは殆ど大学に行く必要がなかったため、C以外に会うことはなかった。

AとBとDとは連絡も取ることなく春になった。

以上が体験した話です。

この話は1年前の出来事です。

1年後にわざわざ書いたことには理由があります。

この1年間もCとは定期的に連絡を取り、数回飲んだりしていました。

そのCから昨日連絡があり夜に会ったのですが、その席で思いもよらない話が出てきました。

Cが先日ふと思い、大家さんから聞いたBが住んでいた家の名義の名前を検索したところ、その人は1年前に死亡していたそうです。

死亡していた人が、僕たちの知っているBという人物である可能性は非常に高いと思います。

今でもあのBと名乗る別人の顔が浮かび、頭から離れません。

関連記事

廃墟

消えた声、風の中から

高校2年の夏休みのことだった。 霊の存在など信じないと豪語していた友人が、地元で“出る”と噂されていた廃屋に、ひと晩ひとりで泊まってみると言い出した。 その日の昼間、彼は…

天国(フリー画像)

あの世の記憶

数年前に私は不思議な体験をしました。 家族旅行でキャンプに行った時のことです。 弟と二人でキャンプ場から少し離れた林の奥で遊んでいると、いつの間にか弟とはぐれてしまい、慌て…

警察官

巡査さんの秘密

これは父から聞いた実際に起こった事件の話です。 15年前、10歳だった私の地元は山形県のさらに田舎で、ご近所さんは親戚のような存在でした。 戸締りすらしないほどの穏やかな…

田舎の風景(フリー写真)

犬の幽霊

あれは小学6年生の頃、夏の盛りだった。 僕は母方の田舎に一人で泊まりに来ていた。 田舎のため夜はすることがなく、晩飯を食った後はとっとと寝るのが日課になっていた。 ※ …

天国と地獄(フリー写真)

連れて行く

2年前、とある特別養護老人ホームで、介護職として働いていた時の話です。 そこの施設は、はっきり言って最悪でした。 何が最悪かと言うと、老人を人として扱わず、物のように扱う…

ビルの隙間

去年の夏休みの事。 夜中にコンビニへ行き、いつも通る道を歩いていると、ビルとビルの間に1メートルくらいの隙間があるのを発見した。 俺は『こんな所に隙間あったっけ?』と思った…

台湾

混同された記憶

私は現在、仕事の都合で台湾に住んでいます。宿代もかからず、日本からも近いため、友人が時々遊びに来ます。この話は、そんなある時の出来事です。 今年の2月初旬、高校時代からの親友で…

アパート

幻夢と現実の狭間で

20年以上前のことですが、聞いてください。友人が住む三畳一間の月3万円のアパートに遊びに行ったときのことです。冬の寒い日でしたが、狭い部屋で二人で飲んでいると、そこそこ快適でした。し…

コッケさん

私の田舎ではコケシの事をコッケさんと言って、コケシという呼び方をすると大人に相当怒られました。 中学生に上がりたての頃、半端なエロ本知識で「電動こけし」という単語を知ったクラスの…

工場

不可解な扉の向こう

幼い頃の私には忘れられない体験があります。それは幼稚園の頃、よく遊びに行っていた祖父の家で起きた出来事です。祖父の家は関東のどこか、田舎でも都会でもない中途半端な場所にありました。そ…