光の玉
公開日: 死ぬ程洒落にならない怖い話
十数年前、私が6歳、兄が8歳の時の話。
私たちはお盆休みを利用し、両親と四人で父の実家に遊びに行った。
その日はとても晴れていて、気持ちが良い日だった。
夜になっても雲一つ無く、天の川が綺麗に見えた。最高の景色だった。
花火をして遊んだ後、従兄弟の兄ちゃんと姉ちゃん、兄と私の四人で、夜の散歩をすることになった。
こんな夜に外に出ることはあまり無かったため、探検気分で意気揚々だ。
従兄弟の兄ちゃんと姉ちゃんはもう大きかったので、両親もにこやかに送り出してくれた。
※
父の実家はとても田舎で、小高い丘の中腹にある。
家の裏は竹林になっており、その竹林の向こうには小さな川が流れている。
戦前はその川に沿って道があり、そこがこの辺りでは一番メインの道だったそうだ。
しかし今はその道は無く、名残のように川に沿って家がぽつぽつと建っていた。
父の実家も含めて、川に沿って建っている家はどれも古い。
少なくとも、戦前から建っている家ばかり。
父の実家は改装をしていたのでそうでもないが、他の家はどこもボロくて、どことなく廃墟っぽい家すらあった。
※
私たちは懐中電灯を手に、裏庭にある竹林を抜けて川沿いに出た。
昔の道の名残だろうか。川の土手は平らで、歩き易くなっている。
従兄弟の提案で、土手を伝って上流へ向かうことにした。
ぽつぽつ建っている古い家はどこも真っ暗で、明かりすら灯っていない。
そのことを従兄弟の兄ちゃんに言うと、彼は少し逡巡した後、教えてくれた。
「この川沿いはねえ、僕たちにとって肝試しコースなんよ」
彼曰く、この川沿いに建っている家では、上流から順番に不可解なことが起こっているらしい。
一番上流にある家は、三十年ほど前に一家で心中した。
二番目の家は、その十数年後に火事になって焼失した。家族五人のうち、二人が亡くなった。
三番目の家は、一人暮らししていた老人が孤独死した。発見されたのは二ヶ月も後のことだった(後ほど聞いた話では、発見したのは叔父と叔父の友人らしかった)。
四番目の家は、金銭難で父親が自殺をし、その後一家離散した。
「……じゃあ、五番目の家は?」
私の兄が聞いた。従兄弟は、小さく溜め息を吐いた後に答えた。
「五番目の家は、うちなんよ」
ぞっとした。もし、従兄弟や叔父達に何かがあったら……。
沈黙が、四人を包んだ。
私は幼心にどう言って良いか分からず、黙って従兄弟や兄たちに付いて行った。
※
数分歩いて、『二番目の家』の跡地に着いた。
暗くてよく見えなかったが、そこは更地になっていたようだった。
ふと、私は気が付いた。
ふわふわとした光の玉が、ぼんやりと浮かんでいることに。
ぎょっとして、目を凝らした。光の玉は二、三度縦に揺れた後、フッと消えた。
怖くなって、
「もう帰ろう」
と言った。
従兄弟達や兄も、実は帰るタイミングを逃してここまで来ただけだった。
私の提案にすぐさま賛成してくれて、四人は早足で家に帰った。
※
お盆休みが終わって家に帰っても、私はその光の玉と、従兄弟の話が忘れられなかった。
もし父の実家に何かがあったらと思うとぞくぞくして、眠れなくなる日もあった。
しかし、時間が経つにつれてそれも風化した。
父の実家には、小学生の時は毎年二回は遊びに行っていたが、徐々に数を減らして行った。
兄は大学生になってから家を出た。
その頃はもう二人とも、そこには暫く行っていない様子だった。
※
私が高校3年生の夏、兄が帰省した。
私と兄はとても仲が良い兄弟だったので、夕飯後、二人して好きだった映画を流しながらダベっていた。
映画が終わり、それでも喋り足りなくて色々と話した。
きっかけは何だったか忘れたが、ふと話題が、あの夏の日のことになった。
「あの話、怖かったよね~。まだ従兄弟達に、何も起こってないから良かったけど」
「ホンマに。未だにあの話は忘れられんわ」
頷く兄に、私はもう言っても良いかなと思って、兄に言うことにした。光の玉の話だ。
何故かそのことは誰にも言っちゃ駄目だと思い込み、今まで誰にも言わずにいたのだった。
「そう言えばさあ、私、あの日見ちゃったんよ」
わざとちゃかしながら、そう切り出す。
「火の玉……と言うより、光の玉みたいなやつ。しかも火事になったという、あの家の所で見たんだよね」
私の言葉を聞いて、兄はぎょっとした目で私を見た。
「俺も」
「え?」
「俺も見た!変な光の玉。ふよふよ浮いとった!」
今度は私が驚く番だった。もしかしたら気のせいだと思っていたあの光の玉を、兄も見ていたのだ。
ぞっとし、暗黙の了解でその話題はそこで途切れた。
その日、私は眠れなかった。
※
その数ヶ月後、兄が死んだ。
とある事故だった。書いてしまうと身元が判る可能性があるのでやめておく。
ちょっと普通では考えられない、特殊な事故だった。ニュースにもなった。
次の年、父方の祖父が死に、後を追うように祖母と叔父が亡くなった。
三人とも同じ病気だった(もちろん、感染症や伝染病ではありません)。
あまり聞いたことのない病名で、お医者さんも変な偶然に首を捻っていたそうだ。
元々母親が居ない従兄弟の家は、従兄弟兄弟だけになってしまった。
※
叔父の通夜の前の夜、叔父の遺体が収まった棺桶の隣で、従兄弟の兄ちゃんと姉ちゃん、三人で飲んだ。
二人とも、この家を出るのだと言った。
「やっぱり……、怖いから。信じてる訳じゃないんやけど……」
あまりお酒が強くない私は、酔を覚まそうと二人に断って外に出た。
ぼんやりと庭を散歩し、裏庭に行く。さらさらと、川が流れる音がする。
あの頃、鬱蒼と茂っていた竹林は、全て切られて無くなっていた。
荒れ地となったその場所に時間の流れを感じながら、ふと振り返る。
従兄弟の家の目の前に、あの頃見たのと同じような光の玉がふよふよと浮いていた。
何となく思う。私は、もう暫くしたら死ぬかもしれない。
それも、兄と同じような事故で…。
そう考えると、怖くてたまりません。