
毎年、夏になると、地元に帰省して高校時代の仲間5人で集まっている。
今年も例年どおり集まったのだが、ひとつだけ、どうにも説明のつかない出来事があった。
誰かに聞いてもらいたいと思うくらい、奇妙で、背筋が寒くなる話だ。
※
仲間は皆、三十代半ばになった。
子どもが小学校に通い始めた者もいて、家族のこと、仕事のこと、健康のことなど、話題は多岐にわたった。
そんななかで、Fの様子だけが、明らかにおかしかった。
Fはいつも明るく、場を盛り上げるムードメーカーだった。
だがその日は、何かを抱え込んでいるような顔をして、終始黙っていた。
気になって、「どうした?」と声をかけたところ、Fはこう言った。
「ちょっと、みんなに聞いてほしいことがある」
「なんだよ、改まって」と返すと、Fは静かに言った。
「なあ……いつ戦争、終わったんだっけ?」
※
冗談にしては、空気が重すぎる。
「何言ってんだ。どういうことだよ」と俺たちは笑いながらも、詳細を聞いた。
するとFは、こんなことを話し始めた。
・2〜3年前から、世界に違和感を覚えていた。国旗もその一つだという。たしかに日の丸だけど、なぜか街中であまり見かけなくなった。駅や役所など、以前はよく掲げられていた気がするのに。
・北朝鮮と韓国が分かれている。だがFの記憶では、彼らはすでに「中国」に統一されていたはず。しかも、Fの知る歴史では中国と日本が未だに紛争中で、沖縄はアメリカの支配下にあり、香港特区と貿易していた、と。
・「民主党」って、何? いつからそんな政党が政権与党に? 本来なら日本は首相公選制だったはずだ、と。
話は次第にエスカレートし、俺たちはただ驚くばかりだった。
Fはしばらくして、「冗談だよ、ごめん」と言ってその話を打ち切った。
けれど、どうにもその様子が“演技”には見えなかった。
※
俺とFは高校の頃からの幼馴染で、職場も近い。
普段からよく飲みに行く関係だった。
そしてその翌週末も、一緒に居酒屋にいたのだが、酒が回ってきた頃、Fはまた、同じ話を繰り返し始めた。
しかも、その語り口には冗談めいた調子は一切なかった。
それで俺は、本気で心配になった。
F自身も、自分の感覚がおかしいと悩んでいたようだった。
※
俺の会社の先輩に相談すると、「知り合いに本物の霊能者がいる」という。
先輩の伯母さんで、地元でも有名な行者らしい。
すぐに連絡を取ってもらい、来週、予約を入れて一緒に行くことになった。
ちなみに、Fはすでに複数の精神科を受診していたが、「自律神経失調症」という診断以外、目立った異常はなかったという。
それでも、F自身が「この違和感は思い過ごしではない」と訴え続けていた。
彼の言葉がどこか本気に思えて、俺も付き添うことに決めた。
※
霊能者との約束を控えた前日、俺はFとふたりきりで会い、昼食を共にした。
そのとき、ずっと引っかかっていた違和感が、ようやくはっきりした。
「あいつ……右利きだったか?」
いや、違う。Fは幼い頃からずっと左利きだった。
そのため、祖父母や母親が何年もかけて右利きに矯正しようとしたが、うまくいかず、結果としてFには軽い吃音が残った――それを俺ははっきり覚えていた。
けれど今、彼は箸もペンも、何の違和感もなく右手で使っていた。
「あれ? お前、右利きだったっけ?」と何気なく聞いてみた。
Fは笑って答えた。「当たり前だろ?」
俺はそれ以上、何も言えなかった。
けれどその「当たり前」のひと言が、何よりも恐ろしかった。
※
翌日。Fを駅で迎えに行き、先輩とも合流して霊能者――先輩の伯母さんの道場へと向かった。
伯母さんは厳格な人物だったが、どこか温かさもある人だった。
道場には、すでに信者らしき行者が三人待っていた。
俺と先輩、Fはそのまま車で山へ移動し、2時間にわたる滝行を受けることとなった。
冷たい水に打たれながら、俺はひたすら不安を抱えていた。
その後、道場に戻り、祝詞(のりと)を唱えながら結界の中へ。
だがその直後、異変が起きた。
突然、俺と先輩がその場で気絶してしまったのだ。
目を覚ますと、伯母さんがFと向き合って何かを話していた。
時計を見ると、すでに17時を回っていた。
俺たちはお茶をいただきながら、伯母さんから今回の件の“結論”を聞いた。
※
伯母さんの言葉は、意外なものだった。
「これは、私の範疇ではない」
つまり、霊障でも憑依でもない。たたりでも因縁でもない。
けれど、明らかに「普通の人間とは違う」存在であることは確かだという。
何より、Fの背後に霊的な存在――先祖の霊や守護霊のようなものが一切感じられなかったのだ。
「初めてのことです」と伯母さんは言った。
霊的な世界では、すべての命ある者に“繋がり”がある。だがFは、それがない。
この世の因果から“外れて”いるというのだ。
F自身も、いくつかの怪異を語っていた。
たとえば、夜中になると宿舎の玄関の鍵が勝手に開く。
荷物が消える。付き合った相手が必ず不運に遭う――など。
それらについては「宿舎そのものに問題がある可能性が高い」とのことだったが、本質的な問題はそこではない、とも言われた。
※
さらに衝撃的だったのは、俺と先輩に関する話だった。
俺たちは仕事で、東アジア某国との取引が多かった。
その中で、「恨みを買っている可能性があるから注意しなさい」と警告されたのだ。
当初は信じがたかったが、伯母さんの指摘した内容には、思い当たる節があった。
そしてその後、俺と先輩は正式に「お祓い」を受けた。
その直後、再び気絶。目が覚めたとき、心が妙にすっきりしていた。
※
帰り際、伯母さんは俺にだけ、静かにこう告げた。
「Fとは、もう関わってはいけません」
「すべての命は連鎖の中にある。でも、連鎖から外れた者は、救えない」
「あなたが理解する必要はない。教えるつもりもない。けれど、絶対に、関わってはいけない」
この言葉を聞いて、先輩も黙り込んでいた。
伯母さんが「関わるな」と言ったのは、これが初めてだという。
※
霊能者のもとを訪ねた数日後、Fと連絡が取れなくなった。
最初はただの多忙かと思ったが、電話にもメールにも返事はない。
何日かして、Aから電話があった。
「F、入院したらしい」
Aが聞き出した話によれば、どうやらFは他府県の専門病院にいるらしい。
ただ、詳細はわからない。Fの妹の友人から、偶然耳に入っただけだった。
俺はFの実家に電話をかけた。すると、Fのおばさんが電話に出た。
「もう関わらないでください」
そう言い残して、一方的に電話を切られてしまった。
それっきり、Fの行方はわからなくなった。
※
同じ頃、先輩にも異変が起きた。
月曜の朝、会社に来るはずだった先輩が出社してこない。
連絡もつかず、マンションに様子を見に行っても不在だった。
その夜、先輩の姉から会社に連絡が入った。
「日曜の夜中に体調不良の連絡があって駆けつけたら、倒れていました」
診断は心筋梗塞。幸い命に別状はなかったが、入院が必要となった。
代わりに、出張は俺と上司が行くことになった。
朝6時発の便で現地へ向かった。
※
出張先は、例の“関わってはいけない”と警告された国だった。
現地は予想以上に緊迫しており、法人の上司からは夜間外出禁止の通達が出ていた。
俺は警戒しながら、仕事を何とか終えた。
暴徒化寸前の街の雰囲気は、空気そのものが異様に重かった。
幸い、帰国までは無事に済んだ。だが、胸の奥の不安は消えなかった。
※
帰国後、Fから一通のメールが届いた。
送信元は会社のメールアドレスだった。
本文にはこう書かれていた。
「今、K国にいる。詳しいことは話せない。心配しないでくれ」
何が何やらわからなかった。
だが、それ以降Fからの連絡は一切ない。
※
帰国後、さらに不穏なことが起きた。
俺の自宅マンションの部屋に、誰かが入った痕跡があったのだ。
玄関の内側に仕掛けていた“セロハンテープのトラップ”が、外れていた。
鍵は壊されていない。
盗まれた物もない。
だが、確かに何者かが入っていた。
同じ頃、通勤に使っているバイクもイタズラされた。
玄関先のゴミ袋も、何者かに荒らされていた。
※
俺は先輩から連絡を受けた。
「すぐにまた、伯母のところへ行こう」
今度は二人だけで山へ向かった。
伯母さんに再度お祓いをしてもらい、数日間、山籠もりを命じられた。
「とにかく、今は静かにしていなさい」と。
※
それからしばらく経って――
ようやく、すべての騒動が“収束した”。
ある日、Fから直接連絡があった。
「久しぶり。今、普通にやってるよ」
以前と変わらぬ、いや、むしろ“以前以上に明るい”声だった。
笑いながらFはこう言った。
「いやあ、実はさ……ちょっと“入れ替わってた”かも」
冗談めかしていたが、俺は何も言えなかった。
元のFなのか、それとも“何か別のF”なのか。
だが、昔と同じように酒を飲み、昔話で笑い合った。
何より、Fは今も変わらず、俺の友人だ。
それだけは、確かだった。
※
あの日、伯母さんが言った言葉が忘れられない。
「すべての命は連鎖の中にある。だが、そこから離れた者は……救えない」
今のFが連鎖の中に戻ったのか、それとも別の“連鎖”に組み込まれたのか。
それは誰にもわからない。
ただひとつ、はっきりしているのは――
あの夏、確かに俺は「この世界ではない何か」に触れてしまったということだ。
そしてそれは、たぶん一生、忘れられないだろう。