看板が変わっていた村

巨頭オ

数年前、ふと一つの村のことを思い出した。

一人旅をしたときに立ち寄った、小さな旅館のある山あいの村だ。

豪華さはないが、女将さんの笑顔や素朴な料理など、心のこもったもてなしが印象的で、静かな良い場所だった。

特別な理由があったわけではないが、ある日、急にそこへ行きたくてたまらなくなった。

ちょうど連休があったので、久しぶりに一人で車を走らせてみることにした。

自分では記憶力に自信があったし、道順も頭の中でははっきりしていた。

高速を降りてから県道に入り、山道をくねくねと進んでいくと、やがて例の村へ向かう分かれ道が近くなる。

あのあたりに、村の名前を書いた案内看板が立っていたはずだ。

ところが、見えてきた看板を目にした瞬間、「あれ?」と思った。

以前は「この先 ○○村 ○km」といった内容だったはずの看板が、そこには奇妙な文字で「巨頭オ」とだけ書かれていた。

ペンキで塗りつぶしたような跡の上から、乱暴に書きなぐったような字だった。

悪ふざけにしては気味が悪く、胸の奥にざわりとした不安が広がった。

それでも、ここまで来て引き返すのも惜しくて、迷いながらも村へ向かう道に車を進めることにした。

しばらく走ると、見覚えのあるはずの景色が、どこか違って見えた。

以前は田んぼが広がっていた場所には草が伸び放題になり、家々の屋根もところどころ崩れている。

村の入り口に差し掛かった頃には、人の気配がまったくしなくなっていた。

車をゆっくりと進め、かつて泊まった旅館のあたりまで来たとき、はっきりと分かった。

村は、完全に廃村になっていた。

家々の窓ガラスは割れ、壁にはツタや草がびっしりと巻きつき、道路には落ち葉と土が積もっている。

つい数年前までは、朝になると炊事の煙が上がっていたはずの場所だ。

「いつの間に、こんなことに……」

ショックと同時に、言葉にできない居心地の悪さを感じた。

車を道路脇に停めて降りてみようかと、シートベルトに手をかけた、そのときだった。

視界の端で、何かが動いた。

二十メートルほど先の草むらから、ゆっくりとこちらへ出てくる人影があった。

最初はうつむいていてよく分からなかったのだが、見ているうちに背筋が冷たくなった。

頭が、異常に大きい。

体に対して不自然なほど巨大な頭が、ゆらゆらと揺れている。

「人間……なのか?」

そう思った次の瞬間、同じような「頭の大きな影」が、周囲の家々の影からもぞもぞと現れ始めた。

気づけば、車の周りを取り囲むように、何体ものそれが立っていた。

彼らは両手を太ももにぴったりとくっつけたまま、腕を振らずに歩いている。

大きな頭だけを左右に大きく振りながら、ぎこちない足取りで、しかし確実にこちらへ近づいてきた。

その異様な動きが、ぞわりと肌を逆なでるように気持ち悪かった。

呆然としながらも、「車から降りないで本当によかった」と、心のどこかで思った。

次の瞬間、全身を突き上げるような恐怖が込み上げ、反射的にエンジンを吹かした。

ギアをバックに入れ、ほとんどパニック状態のまま、来た道を猛スピードで引き返した。

バックミラーの中で、巨頭たちが小さくなっていくのが見えた気がしたが、振り返る余裕はなかった。

カーブの多い山道を、タイヤを鳴らしながら国道まで一気に飛ばした。

心臓は激しく脈打ち、ハンドルを握る手が震えていた。

ようやく人通りのある国道に出たとき、背中にじっとりと汗をかいていることに気づいた。

家に戻ってから、落ち着いたところで地図を広げてみた。

数年前に行った村と、今日向かった村とが、本当に同じ場所なのかを確かめたかった。

道路の分岐も、川の位置も、周囲の地形も、記憶と照らし合わせながら何度も確認した。

何度見直しても、間違いなく同じ村だった。

かつて、温かいおもてなしを受けた、小さな旅館のある村。

あの「巨頭オ」と書かれた看板の先で見たものが、何だったのかは分からない。

廃村になった理由も、村人たちがどこへ行ったのかも、地図からは読み取れない。

ただひとつ、はっきりしていることがある。

もう一度、あの村へ行ってみようという気持ちには、二度とならないということだ。

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