お経の声

公開日: 本当にあった怖い話 | 長編

夜の林(フリー写真)

大学時代の話。実話です。

俺が通っていた大学の近くに自殺の名所があった。

林を暫く入った所にある滝(以下S滝)だ。

自殺の名所と言っても、景色も良く街からそんなに遠くないのもあって、夏場は親子連れも多く遊びに来ていたし、俺もよく涼みに行っていた。

蒸し暑いある夏の夜。

俺はサークル仲間数人と自室で酒を飲みながら定番の怪談話に興じていた。

知人の知人が霊感があって…とか、まあどこかで聞いたようなよくある話だ。

俺ともう一人の友人(以下K太)は二人ともオカルトネタにはかなり精通していたので、正直言ってかなり退屈していた。

急にK太が「S滝に肝試しに行こう」と言い出した。

俺と一人の女友達(以下A子)は「いいねぇ~!」とノリノリだったのだが、他のメンバーはあまり乗り気ではないようだ。

ビビっていると言うより、酔っている中わざわざ外に出るのが面倒のようだ。

仕方がないので肝試し組と飲み組に分かれることにし、肝試し組は俺、K太、A子の3人になった。

懐中電灯を一本持ち「みやげ話、期待してろよ」と言い残して部屋を出た。

S滝は歩いて30分くらいの距離だが、面倒だったのでタクシーを拾った。

林の前でタクシーを降り、そこから歩き始める。

「うわ、真っ暗…」

A子が呟いた。

照明の一つも無く、空は曇っていて月明かりも差していない。

「これは怖いですよ(笑)」

と3人ではしゃぎながら林の中に入って行った。

懐中電灯は一本しかなかったので、K太とA子は携帯のフォトライトで道を照らして歩いた。

夜に訪れたのは初めてだったが、道が割ときちんと舗装されているためか、思ったより怖くはなかった。

こりゃあ楽勝だなと思い始めた頃に、滝の流れる音が聞こえてきた。

蒸し暑い空気の中で涼しい風も流れてくる。

その時、A子が「ひっ」と小さい悲鳴を上げた。

俺たちの右前方には、地蔵の大群が並んでいた。

こけし程度のサイズの地蔵が百体近く、皆一様に笑みを浮かべている。

A子は道を明かりで照らそうと下ばかり見ていたところ、いきなり視界に入ってきたので驚いたらしい。

「そう言えば、あったな、こんなの…」

昼間見ても特にどうと言うものでもないが、闇の中、頼りない明かりで浮かび上がる大量の地蔵は流石に不気味だ。

「やっと肝試しらしくなってきたじゃん」

俺が更に先に進もうとした時、K太が俺の服の裾を不意に掴んだ。

何だか不安げな顔でこちらを見ている。

「どうした? ビビった?」

俺がからかうように言うと、K太は「しっ」と口に人差し指を当て、

「何か、聞こえね?」

と一言。

何か…? 何かって何だ。

こいつのことだから、俺たちを怖がらせようと演出で言っているのだと思った。

しかし、K太の顔は真剣そのものだ。

俺とA子は首を傾げながら黙って周りの音に集中してみた。

滝の音しか聞こえない…いや…滝の音に混ざって何か、低い音が…確かに聞こえる。

「これ…お経?」

A子が口パクで俺に確認を求めてきた。

確かに、お経だ。しかも何人もの声が重なっているように聞こえる。

ゾクリ、と背中から体中が寒くなった。

K太は蚊の鳴くような小さな声で、

「そう言えば俺、聞いたことあるかも…」

とぽつり。

「S滝の近くに、妙な宗教団体が最近居座ってるって…マジだったのかな」

おいおい、そりゃ幽霊なんかより洒落にならんって…。

するとA子が、

「何か…私気分悪くなってきた…引き返そ? ね?」

と、これまた小さな声で言ってきた。

見ると顔は真っ青で、若干震えているようだった。

K太と目を合わせお互い小さく頷いて、俺たちは引き返すことにした。

帰り道、A子の様子がどこかおかしいのに気付いた。

妙に早足なのだ。

気分が悪いと言っていた割には、競歩でもしているかのように、スタスタと歩いている。

俺らが置いて行かれそうだ。

「おい、A子…?」

俺が話し掛けると同時に、A子は凄い勢いで走り出した!

俺とK太は訳が解らず、A子を必死で追いかけた。

A子は物凄く速かった。男の俺たちがなかなか追い付けなかったのだ。

林の出口でやっと俺たちが追い付いた時、A子はヘナヘナと崩れ落ち、今度は大声で泣き出した。

俺たちはいよいよ訳が解らなくなり、ただA子の周りでオロオロするしかなかった。

A子はひとしきり泣いた後、やっと落ち着きを取り戻し、ぽつりぽつり話し始めた。

「さっきのお地蔵さんの所で、お経が聞こえてきた時にね、林の中に何となく目をやったら…。

白っぽい服を着た人が、私たちを取り囲んでたの…一人や二人じゃないよ?

二十人は軽く居たと思う…」

「マジかよ…」

俺とK太は言葉を失った。もう肝試しどころじゃない。早く帰ろう。

俺たちが立ち上がろうとした時…。

俺たちがさっき歩いて来た道から、今度ははっきりと何十人ものお経の声と、ザッザッとこちらに向かって来る足音が聞こえてきた。

俺たちは各々声にならない悲鳴を上げながら死に物狂いでその場から逃げ延びた。

俺にとっては今まで生きてきた中で一番怖い思い出。

あれが怪しい宗教の人間だったのか、自殺した幽霊の集団だったのかは判らない。知りたくもない。

例え昼間でももう二度とあそこには近付きたくない。

関連記事

砂嵐(フリー素材)

絶対に消えないビデオテープ

某テレビ局系列のポスプロに勤めていた時の話です。 その編集所には『絶対に消えないビデオテープ』というものがありました。 それは以前に心霊番組の特集を編集した際、素材のテープ…

目

あの目(長編)

夏休みの少し前くらいの出来事。 俺と友人のA、Bが、夏休み中にN県の山奥へキャンプへ行こうと話していると、それを聞いていた留学生2人が「一緒に連れて行って欲しい」と声をかけてきた…

ハカソヤ(長編)

ほんの数年前に知った私の母の故郷の習慣の話です。 うちの集落にはハカソヤという女限定の変な習慣があります。 ハカソヤにも色々あって、大きく分けてお祝いの言葉に使う場合と、お…

神秘的な山道

おまつり

俺の生まれ育った村は、田舎の中でも超田舎。もう随分前に市町村統合でただの一地区に成り下がってしまった。 これは、まだその故郷が○○村だった時の話。俺が小学6年生の夏のことだった。…

廃墟(フリー写真)

廃ホテルでの心霊体験

高校生の頃、十数人でサバイバルゲームをやった時の話。 場所はよくある荒れ果てたホテル跡で、人家からかなり離れているので誰も来ないし、幽霊が出るという噂からヤンキーすらあまり来ない…

沼と倒木(フリー写真)

マガガミさん

うちの母方の婆ちゃんが住んでいた村での話。 婆ちゃん家の村には山があるのだけど、その山の中に凄く綺麗な緑色の池がある。 限り無く青に近い緑色と言うか、透明気味なパステルカラ…

警察官の無念

年末、某県のフェリー乗り場で船の時間待ちをしていた。寒空の下、ベンチに座って海を眺めていたら、駐車場で妙な動きをしている軽四に気が付いた。 区画に入れたと思えばすぐに出たり、駐車…

深夜の研究室

今から数年前に卒論を書いていた頃、私は工学部の学生だったのですが、実験すら終わっておらず連日実験に明け暮れていました。 卒論の締め切りが迫り、実験の合間に卒論を書き、また実験をし…

居座る住居人

会社員だった頃は不動産会社に勤めていたので、こういう話は割と日常茶飯事でした。 会社で買った中古住宅を解体していたら白骨が出てきたりとか、競売で落とした物件の立ち退き交渉に行った…

イケモ様

昔ばあちゃんの家に預けられてた時、後ろの大きな山にイモケ様って神様を祭る祠があった。 ばあちゃんの家の周りには遊ぶ所も無く、行く所も無かったから、その祠の近くにある池でよくじいち…