回転する位牌

公開日: ほんのり怖い話

和室(フリー写真)

昔ニュースになったので、知っている人は知っているかもしれません。

一人暮らしのおばあさんが、マンションの一室で孤独死した。

死因は、ノイローゼが昂じて、弱った心臓が耐え切れなくなったことによる心臓発作である。

彼女を知る人は、常に何かに酷く怯えた様子だったと言う。

後に真相が明らかになった。

証言したのは、極偶に泊まりに来ていた息子夫婦であった。

信心深いおばあさんは、亡くなった夫の仏壇を部屋に置き、毎朝欠かさず供物、水を捧げていた。

たまたま小用に立ったその日の早朝、息子はおばあさんの不審な行動を目にした。

おばあさんは仏壇の供物を代えようとしていたのだが、扉を開けるのを躊躇い、何度も逡巡しているようだった。

そして意を決して中を覗き込み、

「ああ、やっぱり…」

と言って悄然とし、その気の落とし方は尋常ではなかった。

息子は気になって眠れず、ついにその晩、問い質した。

おばあさんは目を泳がせ知らないと白を切っていたが、息子の真剣さにほだされついに語り出した。

話によると、ここ最近仏壇を開けると、位牌がそっぽを向いていると言う。

最初は気付かなかったが、位牌が日に日に斜めになって行くので、恐ろしくて眠れないと言うのだ。

しかも、朝になる度にきちんと前を向けた位牌が、翌朝になるとまた斜めになっている。

「おじいさんに、罰を当てられるようなことしたんかな。

でも、どんなに拝んで供物を代えてもおさまらん。

今に完全に裏むいたら、あたしゃ死ぬんじゃろう」

そう言って泣くおばあさんに、息子はそんな馬鹿なと思ったが、翌朝確かめるとやはり位牌が斜めになっていた。

「おかあさん、こりゃ本当の祟りかもしれんけん。祓ってもらわにゃいかんぞね」

息子はそう言ってお祓いさせようとしたが、

「おじいさんがお迎えに来るんじゃしょうがないけん。祓ったらかわいそうじゃ」

と言って聞かない。

とうとう諦めて帰ったら、結局取り殺されてしまった。

「きっと位牌が完全に裏向いてもうたんやな」

と言って息子は悔やんでいたという。

それを聞いたおじいさんの古い友達が、そりゃおかしい、信じられんと言い出した。

物凄く仲の良い夫婦で、妻を取り殺すなんてことをするはずがない、と言う。

どうしても一度確かめさせてくれと言って、おばあさんの亡くなった部屋に一人で泊り込んでしまった。

と言ったものの、流石に気味悪く寝付けなかったが、うとうとと眠り込んでしまい気が付くと朝。

はっと仏壇を開けると、位牌は見事に裏返しになっていた。

背筋がぞっとしたが、無二の親友だった俺すら殺そうとするのか、どうせ老い先短い命、こうなったら何が何でも正体を突き止める。

そう決心し、よし今夜は一睡もするものかと気を張って起きていた。

真夜中の3時ごろ、カタカタと仏壇の中から音がする。

ぎょっとして、しかし勇気を振り絞って扉を開けてみた。

カタカタ…。

カタカタ…。

位牌がじりじりと動いているではないか。

恐ろしさに心臓が止まりそうになったが、気を落ち着けてじっと動く位牌を見ていた男は、妙なことに気付いた。

仏壇全体が微振動しているようなのだ。

「こりゃ一体?」

仏壇は台の上に載せて、ぴったりと壁にくっつけて置かれている。

もしや。

男は仏壇を壁から離した。

その途端、位牌はぴたりと動かなくなった。

「この壁の向こうに何かあるぞ」

台と仏壇を除け壁に耳を当てると、ゴオーという音がして壁が震えている。

水を上げている音だった。

このマンションでは深夜、屋上まで水を汲み上げていた。

配管がちょうど仏壇の後ろの壁だったために、振動によって位牌が動いていたのだ。

不幸なことに、位牌の作りが粗く安定していなかったため、片側に回転していたのだった。

とにかく幽霊の仕業ではないと判ったものの、やり切れない思いであった。

件の仏壇は息子夫妻の家にある。

今のところ位牌が回転することはないそうだ。

関連記事

優しい抽象模様(フリー素材)

ともだち

最近、何故か思い出した。子供の頃の妙な「ともだち」。 当時の自分は両親共働きで鍵っ子だった。とは言っても託児所のような所で遊んで帰るので、家に一人で居るのは一時間程度。 そ…

軍人さん

また会いましたね

以前、アメリカに住んでいた私の友人が体験した話です。 彼女は数年間、アメリカの企業で働いていたのですが、その会社はかなり大きなオフィス街のビルに入っていました。 そのビル…

トタンのアパート(フリー写真)

訳あり物件のおっちゃん

半年ほど前に体験した話。 今のアパートは所謂『出る』という噂のある訳あり物件。 だが私は自他共に認める0感体質、恐怖より破格の家賃に惹かれ、一年前に入居した。 ※ この…

田舎の風景(フリー写真)

掌を当てる儀式

この間、ずっと忘れていた事を思い出しました。 前後関係は全く判らないのですけど、子供の頃に住んでいた小さな町での記憶です。 他の五人くらいの子供と、どこかの家の壁にぎゅーっ…

木の枝(フリー写真)

白い人の顔

子供の頃、時々遊びに行っていた神社があった。 自宅から1キロほどの山の麓にある、小さな神社だった。 神社は大抵ひとけがなく、実に静かだった。 神社の横が小さな林にな…

枝に積もる雪(フリー写真)

おじいさんの足音

母から聞いた話です。 結婚前に勤めていた会計事務所で、母は窓に面した机で仕事をしていました。 目の前を毎朝、ご近所のおじいさんが通り、お互い挨拶を交わしていました。 …

透視

超能力者の苦悩

友人はあるネトゲのギルドに属していたんだが、なかなか人気があり、そこそこの地位を得ていたらしい。 そんな友人はネトゲ内での友人達も多かったのだが、ひと際異彩を放つプレイヤーがいた…

タクシー(フリー写真)

黄色いパジャマの子供

去年の暮れの事。 池袋のとあるレストランで会社の忘年会があった。 二次会は部署内で、三次会は仲間内での飲み会になった。 家路につこうとする頃には終電も過ぎ、タクシー…

天井裏

不可解な手紙

去年の暮れ、私が勤める編集プロダクションに一通の手紙が届きました。私宛ての名指しの手紙で、エッセイの添削と執筆指導を求める内容でした。 初めての事態に不信感を抱きながらも、返信…

赤ちゃん(フリー写真)

大宮さんが来よる

今、四国の田舎に帰って来ています。 姉夫婦が1歳の娘を連れて来ているのだけど、夜が蒸し暑くてなかなか寝付いてくれなくて、祖父母、父母、姉夫婦、俺、そしてその赤ちゃんの8人で、居…