
あれは、友人が塾で帰りが遅くなったある晩のことでした。
人通りのほとんどない細い道を、家へと歩いていた時。
道の向こうから、誰かがこちらに向かって歩いてくるのが見えました。
街灯の薄明かりの中に浮かび上がったのは、浮浪者のような風貌の初老の男でした。
奇妙だったのは、その男が連ねて引いていたものです。
数台のベビーカー。まるで行列のように繋がっていました。
最初は「荷物でも運んでいるのだろう」と思い、気にも留めなかったそうです。
しかし、近づくにつれ、かすかな泣き声が耳に届きました。
それは赤ん坊の泣き声でした。
「まさか」と思いながら覗き込むと、ベビーカーには赤ん坊の姿がありました。
けれど、そこで目にしたものは常識を覆す光景だったのです。
赤ん坊の小さな体に乗っていたのは、苦悶に歪んだ大人の男の顔。
別のベビーカーを覗くと、厚化粧をした女の顔。
さらにもう一台には、皺だらけの老人の顔がありました。
どの赤ん坊も、身体は小さな乳児なのに、顔だけが別の人間。しかも皆、苦しげな表情を浮かべていたのです。
友人は思わず声をあげ、のけぞりました。
その瞬間、初老の男がゆっくりと振り返り、口の端を大きく吊り上げてニヤリと笑ったのです。
恐怖に駆られた友人は、全力で走って家に逃げ帰りました。
※
翌日。
学校でその出来事を話すと、友人たちは一様に驚きながらも、こう言ったそうです。
「ここら辺では、ベビーカーを引いたおじさんを見たって話はよく聞くよ」
しかし、「大人の顔をした赤ん坊」という部分は、誰も信じてくれませんでした。
友人自身も時間が経つうちに、恐怖が和らぎ、徐々に忘れていったように思えました。
※
ところが数か月後。
都心へ遊びに行った帰り、駅前で配られていた一枚のビラを、何気なく手に取りました。
それは「尋ね人」のチラシでした。
顔写真を見た瞬間、友人は全身の血の気が引いたそうです。
そこに印刷されていたのは、あの夜、ベビーカーの中にいた「赤ん坊」の顔と同じ人間の姿だったのです。