三号室の住民

公開日: 怖い話

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その店はある地方都市の風俗街の中にあったので、出勤前の風俗嬢や風俗店の従業員の客が多かった。

かなり人気のある店だったが、その理由は「出前」にあった。

店の辺りには風俗店の寮(店側が女の子達の為に借りているアパート)が数多くあり、そこに住む風俗嬢からの出前が毎日何十件もあった。

その殆どがラーメンだけとか餃子だけとかの単品注文。

割に合わないから普通の店なら断るだろうけど、うちの店はむしろ喜んで出前をしていたので、人気が高かったのだ。

僕を含めてバイトは4人いて、2人組になって店内接客と出前を日替わりで分担していた。

僕はS男とペアを組んでいたが、あるとき彼が変なことを言い出すようになった。

出前を届けるエリアは、僕はエリアの北側を、S男は南側を担当していた。S男が届けている客に変な人がいるらしい。

その客はいつもチャーハン単品を頼んでいた。S男は声も聞いたことないし、顔も見たことないという。

その客が住んでいるアパートはちょっと変わっていて、ヤク中ぽい女たちや南米系の女たちなど、ヤバい風俗嬢たちが住んでいると噂になっている場所だった。

S男はいつも夕方6時ぴったりに、 そのアパートの三号室のドアの前にチャーハンを置いて帰ると言っていた。

なぜかというと、ウチの店にその辺一帯を取り仕切ってる風俗業者(いわゆるヤ○ザ系)の人が来て、マスターにそうお願いしたらしい。

マスターは、特殊な客や注文にも慣れっこだから、特に疑問も持たずOKしたそうだ。実際、下手に詮索するとヤバいことになるから、このエリアの暗黙の了解ということだろう。

その事情を聞いて、バイト仲間同士でいろいろウワサした。

「指名手配中の犯人が住んでる」とか、

「部屋に見られちゃいけないものがある」とか。

S男は住人の顔も声も知らなかったんだけど、下げてきた食器に口紅っぽいものが付着していたことがあって、住人は女だと思っていたようだ。

僕や他のバイト仲間は、実際にそのアパートへ行ったことがなかったので特に気にしなかったが、S男はかなり気になってたようだった。

S男は顔馴染みの出前客に、それとなくあのアパートについて聞いてたんだけど、誰もが口をつぐんで話してくれなかったとか。

マスターも「あんまり関わると危険だぞ」って釘を刺すくらい、S男はそのアパートの住人に興味を持っていた。

バイトが終わってS男と一緒に帰ってるときだった。

「俺…あの部屋のドアをノックしてみようかな…」

何か適当な理由を考えてドアをノックして、住人が出てくるのか確認したいという。

僕も面白がって「いいじゃん。ノックしてみなよ」と言ってしまった。

僕が3日バイトを休んで、休み明けに顔を出した日だった。

「お前、S男と仲良かったよな?」

とマスターが僕に聞いた。

「S男がどうかしたんですか?」

「一昨日から行方不明になってるんだよ」

僕は驚きを隠せなかった。

S男はその日、特に何の問題もなく仕事をしていた。そしていつも通り、『あの客』の出前も届けたという。

その出前から戻ってきて、しばらくは店内の接客をしてたんだけど、気がついたらいつの間にかいなくなってたらしい。

バイト仲間はトイレかな…とはじめは思ったらしいが、結局それきりS男は戻らなかった。更衣室のロッカーに、私服もバッグも置いたまま消えてしまったんだ。

「S男から何か聞いてないか? 悩み事とか心当たりあるか?」

とマスターに聞かれた。

僕は確かにS男と仲が良かったが、失踪してしまうような悩みを抱えている様子は全くなかった。

マスターはS男が住むアパートも調べたらしいが戻った形跡はなく、S男の実家に連絡を入れて、家族が捜索願いを出したらしい。

服やバッグを置いたまま仕事中にいなくなり戻ってこないなんて、絶対に変だ。

「もしかして危険な事件に巻き込まれたのかな…」なんてバイト仲間同士で話してた。

僕は内心、

『アイツ、ドアを本当にノックして何か見ちゃったのかも…』

なんて考えたけど、このことはマスターにも言わなかった。

S男が失踪してからは、僕が例のアパートの担当となった。

いつもチャーハン一皿しか注文しなかった三号室の住人が、チャーハンを二皿注文するようになっていた。僕はちょっと怖かった。

例の風俗業者(寮の管理人)が、S男の失踪後に店に来て頼んだそうだ。

「ひとつはグリーンピース抜きで」という注文も一緒に。

あのアパートの三号室に食器を下げに行くと、ドアの前に二枚重ねて食器が置かれている。

グリーンピースが大嫌いだったS男のことを思い出して、一瞬身震いがした。

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