廃病院での肝試し
会社の先輩のIさんに聞いた話。
先輩が大学一年の時に、仲の良いサークル仲間四人で肝試しに行くことになった。
市街地から少し離れた所にある廃病院。お化けが出ると結構有名な所だ。
時間はちょうど午前0時くらい。車を病院玄関前に停めて、各々懐中電灯を片手に車から降りた。
窓ガラスは全て割れており、壁にはツタがびっしりと茂っていて、無人になってからかなり経っているのが分かった。
建物の中も落書きやゴミなどでボロボロなんだけど、各部屋に雑誌やベッド、カルテなどが色々残っていて結構怖かったらしい。
※
わいわい騒ぎながら適当に部屋を回り、三階に辿り着いた時のことだ。
当時大学三年だったKさんが、とんでもないことを言い出した。
「なあ、今からジャンケンして負けたやつが、この階の廊下の端っこまで一人で行くってのどうよ」
遊び好きなメンバーは、喜んでその話に乗った。Iさんは内心かなりびびっていたらしいけど。
それで、ジャンケンの結果はと言うと、言い出しっぺのKさんが行くことになった。
Kさんは霊感ゼロで、そういう類のものの存在を信じてもいなかったような人で、
「マジ怖ぇー!」
などと口では言っていたけど、躊躇いもせずに廊下の奥に進んで行ったらしい。
そんなに広い病院ではなかったから、ずんずん歩いて行くと、すぐに廊下の端は見えてきた。
振り返ると、他の三人の懐中電灯の明かりが揺れているのが見える。
さて折り返すか、とKさんが明かりに向かって歩き出した時…。
「…ギギギ…」
と、ドアが開く音が背中から聞こえてきた。
心臓がビクンと跳ねる。風の音か何かだろうと自分に言い聞かせて、Kさんは首だけ捻って後ろを見た。
中から顔を出したのは、50代くらいの警備員の格好をしたおじさんだった。
「おいおい君、何やってんのこんなとこで…」
何だ…人間か。ほっとした次の瞬間、Kさんは部屋から出て来たその男の身体を目にして愕然とした。
男の身体は上半身と下半身が異常に捻じれ、腕の関節は通常とは逆に折れ曲がっていた。
Kさんは声にならない叫び声を上げて、仲間の元へ走り出した。
※
Kさんを待っていた三人は、廊下の端から走って来るKさんを見て最初は笑っていたが…。
Kさんを、いや、Kさんの後ろのモノを見るやいなや、声を上げて逃げ出した。
後ろを振り向くと、足を引き摺りながら追いかけて来る男が見える。
「ズルッズルッズルッズルッ」
「待って…待って~…あはははははは…」
後ろから聞こえる不気味な足音と笑い声。四人は死ぬ思いで車に戻った。
「急げ!早く出せ!」
Kさんが震える手でキーを差込み、エンジンをかけたその時。
「覚えたよ~…」
声がした方に目を向けると、先程の男が窓ガラスにべったりと顔を当てて車内を覗いていた。
「うわあああああっ!!」
Kさんはアクセルを思い切り踏み、車は急発進した。
※
それからどう走って帰ったかははっきり覚えていないらしいが、結局四人は無事に帰宅することができた。
しかし次の日の晩、I先輩の部屋にその男は現れた。
夜、I先輩はロフトの上で床に就いていたが、なかなか寝付けずにいた。
すると下の方から、
「ギシ、ギシ…」
とロフトを登って来る音がした。
やばい…!
I先輩は目を固く閉じ、身体を強張らせた。
『消えてください、お願いします…』
と心で念じながら。
音はすぐに止んだが、すぐに姿勢を崩すことが出来ず、数分が経った。
『消えたのかな?』
ほっと息をつき目を開けると、あの男の顔が目の前にあった。
I先輩の上にまたがり、顔の両脇に肘をついて覗き込むような形だ。
男はI先輩と目が合うと一言、
「…違うなぁ~」
と言って、消えて行った。
そのままI先輩は気を失った。
※
次の日、I先輩は他の三人にその話をした。Kさん以外の二人にも同じことがあったらしい。
Kさんだけが何事も無かったのだ。
「俺、昨夜は何も無かったけど、昨夜から何か…すげぇ気持ちわりぃ」
確かにその日のKさんは顔色が悪かった。
それからKさんは極端に元気がなくなり、あまりI先輩たちの遊びの誘いにも乗らなくなった。
しかし特に何があった訳でもなく、Kさんは卒業して行った。
※
それから数年後、大学も卒業し、今の会社に入ったI先輩は、当時のことを忘れかけていた。
肝試しのメンバーの一人から連絡が来るまでは。
その人によると、Kさんが体調を崩して、ここ一年ほど入院しているらしい。
I先輩たちは入院先の病院に見舞いに行ったが、Kさんの様子が少しおかしい。
しきりに何かに怯えている様子で、話をしても全く噛み合わないのだ。
家族の話によると、ここ数ヶ月で、彼の精神年齢がどんどん逆行しているらしい。
I先輩たちが訪れた時は、ちょうど中学生くらいだったそうだ。
更に「常に何者かの視線を感じている」というようなことを話しているとか。
I先輩の頭に大学時代の肝試しのことが過った。
その数ヶ月後、またI先輩はKさんの見舞いに訪れた。
もうその時には、Kさんの精神年齢は4、5歳くらいにまで逆行していた。
Kさんはしきりに、
「変なおじいちゃんが笑って見てるの。怖いの、怖いの」
と訴えていたそうだ。
それから更に数ヶ月後、Kさんが亡くなったという連絡が届いた。
もう話すことも食事を摂ることもままならず、点滴生活の末亡くなったらしい。
I先輩はこの話を俺にした後、しみじみと言った。
「Kさん、最期まであのじいさんに見られてたのかなぁ」
この話を聞いてから、肝試しなんてできなくなりました。