封じられた愛情 ― 赤い糸に縛られた夜

公開日: 怖い話 | 洒落にならない怖い話

ハコマワシ

赤いマフラーと届いた呪い

半年ほど前、私は人生で初めて、“本気で気味が悪い”体験をした。

それは幽霊でも怪異でもない。けれど、心の底から震えるような恐怖だった。

中学生の頃、私のクラスには“霊感少女”と呼ばれる子がいた。

彼女の家は神社だという噂だったが、外観はごく普通の民家だった。

クラスメイトたちは、彼女の話を嘘だと決めつけ、半ば苛めるような形でからかっていた。

「俺の守護霊ってどんなの?」「悩み事当ててみてよ」――

そういった軽口に対して、彼女は必ず、妙に当たっていることを口にした。

誰にも言っていないことを当てられて、内心びびっていたが、怖いからこそ誰にもそれを言えなかった。

中学を卒業すると、彼女は高校に進学しなかったと聞いた。

私は別の高校へ進み、彼女のことは忘れていた。

いや、楽しくて奔放な生活の中で、忘れたふりをしていたのかもしれない。

高校生活に入った私は、少し調子に乗っていた。

女の子を軽く扱うようになり、二股、無責任な振り方……気がつけば、周囲には“恨まれてもおかしくない相手”が何人もいた。

そんなある日、私宛に小さな荷物が届いた。

中身は――手編みの真っ赤なマフラー。

丁寧に編まれたその色鮮やかな布地に、私は思わず頬が緩んだ。

きっと、誰かが自分に好意を寄せてくれているのだろう。
そんなふうに呑気に考えていた。

その日、マフラーを抱えて自室に戻った。

ドアを閉めた瞬間、顔にふわりと、生ぬるい空気がかかった。

“風でも入ったか”と気にせず、マフラーをほどいた。

ぐるぐると巻かれていたその布が床に伸びると、巻き込まれていた“何か”がゴトリと音を立てて落ちた。

それは、わら人形だった。

人形の胴体は、異常に太く膨らんでいた。

腕の太さはあろうかというその中心には、まるで“ダンゴ”のように打ち込まれた錆びた釘の群れ。

まるで埋葬されたような静けさの中、私は動けず、ただ見つめていた。

ようやく反応できたのは、足で人形を蹴って机の下に押しやったときだった。

私は怖がりな性格で、掲示板の“オカルト板”を読むのは好きだったが、自分の身にこんな出来事が降りかかるとは思ってもいなかった。

心臓はバクバクと高鳴り、頭の中は真っ白になった。

とにかく誰かに話したくて、親しい友人たちに電話をかけた。

けれど、誰一人として信じてくれなかった。

「またネタかよ」と笑われるばかり。

そんなとき、ふと思い出したのが――中学時代の“霊感少女”だった。

卒業アルバムと文集を引っ張り出し、彼女の家の電話番号を探した。

本来なら、近くの神社や寺に持っていくべきだったのかもしれない。

だが、当時の私は動転しきっていて、真っ先に頼れる“彼女”の顔が思い浮かんだのだ。

受話器の向こうで、電話が繋がる。

出たのは、まぎれもなく本人だった。

懐かしさと焦りが混ざり合い、私は思わず本題に入った。

「う、うちに……わら人形が届いて、赤いマフラーに巻かれてて……それで……」

訳の分からない説明をする私に、彼女はすぐに落ち着いた声で返した。

「○○くんですよね? 今日、これから行っても大丈夫?」

私は慌ててうなずいた。

「うん、うん、大丈夫……」

彼女は「午後3時くらいに行けそう」と言い、近所のガソリンスタンドで待ち合わせることになった。

電話を切った後、私はとにかく部屋にいたくなくて、エロ本だけ慌てて片付け、リビングへ移動した。

しかし、リビングで落ち着こうとする私を、さらなる不安が襲った。

自室の上――つまり天井の真上から、「コツ、コツ」と、何かがぶつかるような音が聞こえてきたのだ。

最初は微かな音だったが、次第に「ゴン、ゴン」と、大きな衝撃音に変わった。

足音ではない。

床に何かを叩きつけるような重たい音。

怖くて様子を見に行く勇気が出ず、テレビをつけて気を紛らわせていたが、ついに約束の時間が近づいた。

私は外へ飛び出し、約束のガソリンスタンドへと向かった。

冷たい空気の中、歩きながらようやく思考が戻ってきた。

“あんなものを送ったのは誰だ?”

“何が目的なんだ?”

冷静になるにつれ、怒りが湧いてきた。

やがて、約束の時刻。

ガソリンスタンドに原付バイクが現れた。

乗っていたのは、あの“霊感少女”だった。

Sさん――中学時代よりも大人びて、どこか神秘的な雰囲気を纏っていた。

彼女は分厚く重たそうなコートを羽織っていた。

そして、その足元には――まるで着物のようにひらひらと揺れる布地がのぞいていた。

封じられた想いと開かれた箱

Sさんは、原付のエンジンを切ると、無言で私の隣に立った。

あいさつもそこそこに、私たちは並んで歩き始めた。

その途中、私は彼女にこれまでの状況――マフラーのこと、わら人形のこと、そして、部屋の上から聞こえた不気味な音について話した。

Sさんはうなずきながら聞いていたが、不思議なほど口を開かなかった。

その沈黙が、かえって恐怖を煽る。

やがて家に着くと、Sさんは玄関で分厚いコートを脱いだ。

その下に着ていたのは、見たこともないような模様の着物だった。

ぐるぐると円を描くような、不思議な目のような模様が布いっぱいに広がっている。

巫女装束とも、舞台衣装とも違う。
ただ、その佇まいに一瞬で空気が変わった。

“この人なら、何とかしてくれるかもしれない”

私は、そんな希望にすがる思いで、彼女を二階の自室へと案内した。

部屋に入ると、相変わらずの生ぬるい空気が肌にまとわりついてきた。

机の下――朝から動かしていないわら人形が、まだそこにある。

Sさんは静かに机の前に座り、和紙のような白い布を取り出して、その上に人形を慎重に乗せた。

私は思い出したように口を開いた。

「そういえば、マフラーが……あれ、どこ行った?」

床を見ても、どこにもない。

ついさっきまでそこにあったはずの赤いマフラーが、 spっと消えたように、見当たらなかった。

Sさんは気にも留めない様子で、

「マフラーは大丈夫です。それより、お水を持ってきていただけますか?」

と穏やかに言った。

私は頷いてキッチンへ行き、ヤカンに水を入れて戻ってきた。

戻ると、Sさんはあぐらをかいて机の前に座り、わら人形を見つめていた。

動く気配はない。

私は息を殺し、彼女の後ろに正座して様子を見守った。

約十分ほど経っただろうか。
Sさんはゆっくりと息を吐き、私に向かって言った。

「お水、貸してください」

Sさんはヤカンを受け取ると、着物の袖から小さな瓶を取り出した。

瓶の中には、澄んだ液体が入っている。

それを片手に、ヤカンの水を少しだけわら人形に注いだ。

水は、わら人形の胴のあたり――異様に膨らんだ部分にかけられていた。

次に、彼女は着物の帯の内側から、彫刻の施された小さな木の棒を取り出した。

それで瓶の中の水をはねかけるようにして、再び人形に滴を散らす。

そして、静かに釘を一本一本、素手で引き抜いていった。

釘はすべて、わらに深く食い込んでいたが、Sさんの手元はとても丁寧だった。

ところが、最後の一本だけがどうしても抜けない。

Sさんは顔をしかめ、私に問いかけた。

「この釘、引き抜けますか?」

私は思わずうなずいたものの、いざ触ってみると、まるで木や金属に打ち込まれているかのように、びくともしない。

「無理かも……」

「わかりました。カッターを貸していただけますか?」

Sさんがそう言い、私は道具箱からカッターを差し出した。

彼女は人形の腹を慎重に切り裂いていった。

わらの中から出てきたのは――小さな、5センチ四方の木箱だった。

ただの箱ではなかった。

箱は、長い髪の毛でぐるぐるに巻かれていた。

まるで封印するかのように、黒々とした髪が絡みついている。

私は思わず声を上げた。

「これ……大丈夫なんですか?」

Sさんは微笑んで、

「平気、平気」

と言いながら、カッターで髪を切り開けていった。

箱の蓋が開いた瞬間――

鼻をつくような異臭が立ちこめた。

生臭い、鉄のような、そして何かが腐ったような匂い。

中から出てきたのは、赤黒く染まった白いティッシュだった。

Sさんが持っていた箸のような道具で摘み出す。

「……非常に言いにくいんですが、これは、おそらく経血です」

その言葉に、私は強烈な吐き気を覚えた。

さらに箱の中には、マニキュアが塗られた爪が複数入っていた。

爪切りで切られたものらしく、細かく欠けた断面が見える。

さらに、ガビガビに固まった髪の毛の塊も入っていた。

箱の中は、まるで何かの“見立て”のように整理されていた。

私は吐き気をこらえるのに必死だった。

Sさんは、それらを小瓶に詰めると、静かに箱を閉じた。

「これで……多分、大丈夫だと思います」

そう言ってから、彼女は続けた。

「ただ、今日から一週間ほどは、なまぐさもの――つまり、お肉や魚は口にしないでください。

できれば、日本酒を多めに飲んでください。

体の中を“浄める”ためです」

私は小さく頷いた。

どこか、ようやく終わったのだという安堵があった。

でも、それはまだ序章に過ぎなかった。

ハコマワシ ― 受け継がれる呪い

私はSさんの勧めに従い、その日から食生活を変えた。

コンビニで野菜スープを買い、白米を炊き、日本酒をほんの少しだけ飲む。

まるで修行僧のような一週間だったが、体の調子は不思議と整い、あの異様な倦怠感も消えていた。

ただ、それ以上に心が軽くなっていた。

あの部屋から漂っていた重苦しい空気も、少しずつ薄れていった。

一週間後、Sさんから連絡があった。

「もう少し詳しく、お話ししたいことがあります。時間ありますか?」

私は頷き、再び駅前で彼女と落ち合った。

Sさんはカフェに入り、ハーブティーを頼んでから静かに口を開いた。

「まず最初に言っておきます。あの“わら人形”は、あなたに呪いをかけるためのものではありません」

私は意外だった。

「でも……誰かに刺されたような感覚がして……それに、マフラーも勝手に巻かれてたし……」

Sさんはうなずいた。

「ええ、それは“副次的な作用”です。あの人形は“ハコマワシ”といって……一種の“受け渡し”を目的としたまじないなんです」

“ハコマワシ”。

初めて聞く言葉だった。

Sさんは、ゆっくりと説明を始めた。

「“ハコマワシ”は、もともとは仏教的な“送り”の儀式から派生したもので、地方によっては“オクリモノ”とも呼ばれています。

強い執念や恨み、妬みといった想念を、誰かに“引き継いでもらう”ためのまじないです。

つまり、最初から“あなたに呪う意図”はなかった。

けれど、持ち主の執念があまりにも強く、あなたが“その箱を開けてしまった”ことで、“媒介”として作用し始めてしまったのです」

私は唖然とした。

「じゃあ……あの人形の中にあった箱、あれは?」

「……“受け継がれる呪い”の核です」

Sさんの話は続いた。

「あの中にあった髪の毛、爪、経血、それらはすべて“生きた痕跡”です。

それぞれの持ち主が、苦しみの中で自分の一部を切り離して残した。

箱の持ち主は、最初の“願い主”だったはずですが、長い年月の中で、それは“入れ子構造”のように、次々と他人の想念を取り込んでしまった。

あなたが手にしたものは、すでに“誰のものでもない呪い”だった」

私は、背筋が凍るのを感じた。

「じゃあ、私が燃やしてしまったらどうなっていたんですか?」

Sさんはゆっくり首を横に振った。

「開けた人間が“処理”しなければ、呪いは形を変えて、あなたをずっと追いかけます。

燃やしたら、煙になって部屋に戻ってくるだけ。

むしろ、悪化していたかもしれません」

私は、ぞっとしながら問いかけた。

「じゃあ、誰が……あれを私に……?」

Sさんは、少しだけ黙った後、答えた。

「それは、わかりません。

ただ……以前、同じようなわら人形を拾った人がいました。

その人も、最初は“親切で誰かのために拾った”と言っていました。

でも、最終的に“自分自身の願い”があの中に反映されていった。

人形は、誰かに託されると、次の人の想いを吸い取って、また次へと回っていく」

私は思い出した。

あの日、駅のホームで見かけた、赤い服の女性。

私のことをじっと見ていたあの目。

あの時から、すでに“選ばれていた”のかもしれない――

Sさんは、最後にこう言った。

「これから先も、似たような“もの”に出会うかもしれません。

けれど、絶対に開けてはいけません。

“誰かの想い”は、時に暴力よりも残酷ですから」

私は、心からうなずいた。

あの赤いマフラーは、もう戻ってこなかった。

でも、部屋の空気は軽くなり、私はようやく熟睡できるようになった。

“ハコマワシ”――

それは、名前も知らぬ誰かが、誰かの想いを封じ込めて、そっと差し出した呪いだったのだ。

そして私は、それを“開けてしまった”者として、きっと一生忘れることはないだろう。

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