西を向いた樽

蔵頭の六郎さんは、洗い場のいちばん端の樽を、いつも口を西へ向けて置いた。

ほかの樽は、全部東である。

それが、あの蔵の決まりだった。

理由を訊いたのは、入って三日目だった。

「東は、朝が来る方や」

それだけ言って、六郎さんは次の樽に移った。

端の一本のことは、答えなかった。

昭和五十三年の秋、私は十九だった。

高校を出て一年、家で何もせずにいたところを、親戚に叱られて働きに出た。

働き先は、鳥取の倉吉にある醤油の蔵だった。

柏屋という。

玉川という細い川に沿って、白い壁の土蔵が何棟も並ぶ町だ。

川には鯉がいて、蔵の裏の石段まで上がってくる。

蔵は、その町並みのいちばん奥にあった。

門をくぐると、まず匂いに殴られる。

甘いのに、鼻の奥がひりつく匂いだ。

あれは、慣れるまでに二週間かかった。

仕込みの木桶が、八本あった。

背が私の倍ほどある。

上から覗くと、黒い面がゆっくり息をしていた。

泡が一つ、上がって、消える。

それを見ていると、時間の感じがおかしくなった。

蔵の一日は、朝の櫂入れから始まる。

長い柄のついた櫂を桶に差して、諸味を混ぜる。

上と下を入れ替えてやるのだ。

混ぜすぎると味が浅くなると教わった。

何回混ぜるかは、桶ごとに違う。

昭三さんは、櫂の手応えでそれを決めていた。

「今日はこの桶、機嫌がええわ」

そんな言い方をする人だった。

朝の櫂入れが終わると、賄いの飯になる。

蔵の隅の板の間で、鍋をつついた。

寒い時期は、飯の上に熱い醤油をひとまわしかけて食う。

あれが、私の十九の冬の味である。

私は蔵の裏の下宿にいた。

二階の四畳半で、窓を開けると玉川が見えた。

夜、川の音のあいだに、蔵のほうから木の鳴る音がした。

桶が締まる音だと、昭三さんは言った。

「冬は木が縮むけえ、鳴るんよ」

それも筋が通っていた。

あの蔵では、たいていのことに筋が通っていた。

筋が通っていることの気味の悪さを、私はあとで知る。

私に最初に割り当てられた仕事は、樽洗いだった。

あの頃、醤油はまだ量り売りが残っていた。

町の小売や旅館に、一斗樽を貸す。

中身が空になったら、返してもらって洗い、また詰めて出す。

それを貸し樽と呼んだ。

洗い場は、蔵の北側の土間である。

井戸から引いた水が、一日じゅう細く出ていた。

冬は、手が三十分で痛みを忘れる。

痛みを忘れると、指の腹の皮が薄くなったのが分からなくなる。

六郎さんは、それを見て私の手をつかんだ。

「痛うないんは、危ない証拠や」

それから、湯を張った桶を横に置くようになった。

あの人は、そういう人だった。

言葉は短いのに、翌日には物が増えている。

貸し樽の決まりは、二つだった。

一つ。返ってきた順に洗う。

二つ。返ってこん樽を、待たない。

「待つな」

六郎さんは、そこだけ強く言った。

「待った蔵は、返ってこん樽のほうが増える」

意味が分からなかった。

分からないまま、私は言われたとおりに手を動かした。

洗った樽は、伏せずに立てて、口を東へ向けて置く。

それも決まりだった。

「伏せたら、乾かんやろ」

そう説明された。

それは筋が通っていたから、私は納得した。

納得したので、端の一本の向きのことを、しばらく忘れた。

最初の違和感は、匂いだった。

十一月の終わりの朝である。

洗い場に入ったとき、まだ何も洗っていないのに、諸味の匂いがした。

仕込んだばかりの、若い匂いだ。

樽から出ていた。

端の、口を西へ向けた一本である。

覗いても、中は乾いていた。

指を入れて内側を撫でたが、何も付かなかった。

それでも、匂いだけがあった。

私は昭三さんに言った。

蔵で十年になる人である。

昭三さんは、私の顔を見ずに言った。

「そら、匂いは残るもんや」

「洗うても、木は覚えとる」

それで話は終わった。

筋は通っている気がした。

だから私は、その朝のことを日記にも書かなかった。

ただ、その日から一つ、気になることが増えた。

端の一本は、空なのに、担ぐと肩に来る。

ほかの空樽は、片手で持ち上がる。

あれだけは、両手で腰から上げないと動かなかった。

重さを量ってみたことがある。

帳場の秤に載せたら、ほかと同じだった。

目盛りは同じで、肩だけが違う。

それを昭三さんに言ったら、笑われた。

「若いうちは、そういう日もある」

次に気づいたのは、内側の輪だった。

樽の内側には、醤油が入っていた高さに染みが残る。

水位の輪である。

端の一本には、それが二本あった。

下の一本は、一斗の高さだった。

上の一本は、樽の口から指二本ほど下である。

つまり、ほとんど満杯まで入っていた高さだ。

うちの蔵では、一斗樽に一斗より多く詰めることはない。

詰めれば、運ぶ途中でこぼれる。

私は昭三さんに、もう一度訊いた。

「上の輪、なんですか」

昭三さんは、そのとき手を止めた。

止めて、少し考えて、こう言った。

「よそで、なんか入れられたんやろ」

「よそって、どこですか」

答えはなかった。

その頃から、洗い場の水の音が少しおかしくなった。

蛇口を締めると、音が一呼吸だけ遅れて止まる。

井戸から引いているので、管の中に残りがあるのだろうと思った。

けれど、ほかの蛇口はすぐ止まる。

端の一本の前にある蛇口だけが、遅れた。

もう一つある。

川の鯉のことだ。

あの川の鯉は、蔵の裏の石段まで上がってくる。

賄いの飯粒を投げると、水が沸く。

ところが、端の樽を石段の近くに出して干した日は、一匹も上がってこなかった。

二度やって、二度そうだった。

三度目はやめた。

時計のことも書いておく。

帳場と洗い場に、同じ型の柱時計が掛かっていた。

どちらも同じ日に入れたものだと聞いた。

暮れに近づくと、洗い場のほうが遅れた。

一日で二分ほどである。

私は毎朝、帳場のほうに合わせて直した。

直しても、次の朝には遅れている。

寒の入りに近づくにつれ、遅れが大きくなった。

最後の三日は、朝ごとに七分ずつ遅れた。

止まるのではない。

振り子は動いていて、時間だけが後ろへ寄る。

十二月に入って、桶屋の谷口さんが蔵に来た。

箍(たが)の締め直しに、年に二度来る人だ。

八十近いのに、背中が真っすぐだった。

私は端の一本を持って行って、見てもらった。

谷口さんは、樽を回して、輪竹の重なりを指でたどった。

それから、私を見た。

「これ、どこの樽や」

「うちのですけど」

「うちのじゃない」

言い方が、はっきりしていた。

輪竹の巻きが、この土地のものと逆なのだという。

倉吉の桶屋は、右から左へ巻く。

この樽は、左から右へ巻いてあった。

「日本海の向こう側の巻きや」

谷口さんはそう言って、それ以上は喋らなかった。

帰りぎわに、もう一つだけ言った。

樽の底板に、鉋をかけた跡がないのだという。

新しい樽の底は、必ず鉋で仕上げる。

この樽の底は、削らずに使ってあった。

「削らんと使うんは、急ぎのときだけや」

「よそから来て、そのまま詰めたんやろな」

私は、いつの話ですかと訊いた。

谷口さんは、指で天井のほうを指した。

「わしの親父の、前や」

帰りに、門のところで一度だけ振り返った。

「あんた、あれを西に向けとくんは、六郎さんか」

はい、と答えた。

谷口さんは、うん、と言って帰った。

年が明けて、私は帳場の手伝いに回された。

暮れの忙しさが抜けて、帳面を整える時期だった。

そこで、貸し樽台帳を見た。

和紙を綴じた、分厚いものである。

表紙の裏に、明治の年号が書いてあった。

貸した先、本数、返った日を、縦に書いていく形だ。

私はそれを一冊ずつ繰った。

すると、毎年ちょうど一行だけ、変わった書き方の行があった。

「貸一」

それだけ書いて、返った日の欄が空いている。

日付は、どの年も同じだった。

寒の入りの前の日である。

私は、それを返ってきた記録だと読んだ。

「貸一」を、貸していた一本が返ったという意味に取ったのだ。

返却の欄が空なのは、その場で洗って詰め直したからだと思った。

筋が通る。

通ると思ったので、私は当主の柏木さんに、こう報告した。

「毎年、寒の入りの前に、一本余分に返ってきてますね」

柏木さんは、湯呑みを置いた。

置いてから、長く黙った。

「余分に、返ってきとる、か」

「はい」

「君は、この帳面を、左から読んだか」

意味が分からなかった。

柏木さんは、帳面を引き寄せて、私の指を右端に置かせた。

「うちの古い帳面は、右から書く」

「返った日の欄は、こっちや」

右端の列が、返った日だった。

私が空だと思っていた欄は、貸した先の欄だった。

つまり、あの一行はこう読む。

貸した先は書かれていない。

返った日も、ない。

一本、貸した。それだけである。

返ってきていたのではない。

あの樽は、毎年、うちから一本ずつ出て行っていた。

私は帳場の畳に手をついた。

明治から数えて、八十年ぶんある。

どこへ出したかも、書かれていない。

「六郎さんに訊きなさい」

柏木さんはそう言って、帳面を閉じた。

閉じる音が、思ったより大きかった。

六郎さんは、洗い場にいた。

端の一本を、湯で流していた。

洗う必要のない樽である。

私が帳面のことを言うと、六郎さんは手を止めなかった。

「あんた、あれの向きの理由を訊いたな」

はい。

「東は朝が来る方や、言うたやろ」

言いました。

「西は、返す方や」

それから、口を西へ向けて置き直した。

「西へ向けとくんは、こっちに返す気があるという印や」

「こっちが返す気でおるうちは、向こうは急がん」

私は、向こうとは誰ですかと訊いた。

六郎さんは、湯を止めた。

止めたのに、水の音が一呼吸だけ続いた。

それから、六郎さんは短く話した。

明治の終わりに、この蔵は一度、樽を借りたのだという。

よその蔵からではない。

川の増水で桶が割れた年に、どこからか一本、樽が流れてきた。

それに詰めて出荷して、その年を凌いだ。

返す先が分からないまま、蔵は残った。

「借りたもんは、返さんといかん」

「返せんなら、毎年、代わりを一本出す」

それで八十年、続いているのだと言った。

私は、なぜ返さなくてよいと思わないのかと訊いた。

流れてきたものなら、拾ったのと同じではないか。

六郎さんは、首を振った。

「増水のとき、川から上がってきたんは、樽だけやない」

それきり、その話はしなかった。

あとで柏木さんに、明治の帳面の別の頁を見せてもらった。

川があふれた年の記録である。

その年の桶は、四本割れている。

割れた桶の分は、翌年に新しく作らせた記録があった。

樽の一本だけ、どこから来たのか書かれていなかった。

書いていないのではなく、書けなかったのだと思う。

「出した先は」

「分からん」

「じゃあ、どこへ出しとるんですか」

六郎さんは、洗い場の水口を見た。

井戸の水が、川へ落ちていく穴である。

私は、その穴を覗き込んだ。

石を積んだ暗い穴で、下のほうで水が鳴っていた。

樽が通る大きさではない。

六郎さんは、それを見ている私の肩を軽く叩いた。

「通る道を探しても、しょうがない」

「出るときは、出るんや」

それから、湯を張った桶を片づけはじめた。

話は終わり、という合図だった。

寒の入りの前の日、私は蔵にいた。

その日は、朝から人が少なかった。

昭三さんも、六郎さんも、朝の顔を見せなかった。

洗い場に行くと、端の一本がなかった。

前の晩、私は確かにそれを置いた。

戸締まりもした。

洗い場の戸は、内側から棒を落とす造りである。

朝、その棒は落ちたままだった。

落ちたままの戸を、私は外から開けたことになる。

それが、どういうことなのかは考えなかった。

考えないようにした、というのが正しい。

前の晩、寝る前に窓を開けたことも覚えている。

下宿の二階から、蔵の洗い場の屋根が見えた。

あの晩、その屋根の下に、明かりがあった。

洗い場に電球は一つだけで、紐で引く式である。

私は消して出た。

消したはずだと思いながら、私はそのまま寝た。

寝てしまえるのが、十九というものだった。

かわりに、輪竹だけが壁に立てかけてあった。

竹は、乾いていた。

私は、樽を担いだ覚えがない。

それなのに、その朝、掌に縄目の痕があった。

両手にある。

担いだときにできる、斜めの筋だった。

風呂から上がって石鹸で洗っても、夕方まで消えなかった。

帳場に戻ると、台帳のその年の頁に、一行増えていた。

「貸一」

字は、私の字だった。

六郎さんは、その年の春に蔵を離れた。

膝が悪くなって、里の家に帰った。

見送りに出たとき、あの人は私の手を見た。

掌のほうである。

「もう、あんたやな」

それだけ言って、バスに乗った。

その年の暮れに、昭三さんが一度だけこの話をした。

賄いの鍋をつつきながら、こう言った。

「わしはな、あれに触らんようにしとった」

十年いて、一度も端の一本を洗ったことがないのだという。

「洗うたら、覚えられる」

誰に、と私は訊かなかった。

訊かない代わりに、昭三さんの手を見た。

掌に、縄目の痕はなかった。

それで、私は納得してしまった。

帰り道、私は谷口さんの桶屋に寄った。

樽の輪竹の巻きの話を、もう一度聞きたかった。

谷口さんは、店の奥で竹を割っていた。

「逆巻きの樽は、わしも一つだけ見たことがある」

「若い頃にな。よそで見た」

どこですかと訊いたら、手を止めずにこう言った。

「上がったところや」

意味を訊き返したが、それきり答えなかった。

あれから四十年以上になる。

私は柏屋で蔵頭になって、数年前に退いた。

いまは、若い者が洗い場に立っている。

教えたことは、二つだけだ。

返ってきた順に洗う。

返ってこん樽を、待たない。

それと、端の一本のことである。

あの一本は、いまも洗い場の端にある。

私が置いた。

口は、西へ向けてある。

寒の入りの前の日だけ、あの樽から諸味の匂いがする。

洗っていない樽である。

内側は、乾いている。

若い者が首をかしげるので、木は覚えとるんや、と答えている。

昭三さんが私に言ったのと、同じ答え方になった。

台帳の頁は、私はもう繰らない。

何行あるかを、確かめない。

確かめないほうがいいと、いまは分かる。

あの帳面は、右から読むのだから。

若い者には、帳面の読み方だけは教えた。

右から読む、ということを。

読み方を知らないままだと、いつか私と同じ勘違いをする。

勘違いをした年に、その人の字で一行増える。

それだけは、避けてやりたかった。

寒の入りの前の日は、洗い場に入らせないことにしている。

理由は言っていない。

言えば、覗きに来るだろう。

十九の私なら、間違いなくそうした。

右から読めば、いちばん新しい一行が、いつも手前に来る。

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