神隠しの山と消えた一家
平成14年9月7日、広島県世羅町京丸の名所「京丸ダム」にて、ある通行人が湖底に沈む車を目撃。警察へと通報が成された。
湖底から引き上げられた車の中からは、四人の遺体が発見される。驚くことに、これらの遺体は、昨年6月4日から一家4人として行方をくらましていた山上政弘さん(58)、彼の妻・順子さん(51)、愛嬌のある長女・千枝さん(26)、そして母三枝さん(79)と同定された。
広島県警は、事件か事故かの線で捜査を開始。しかし、車が落ちた地点の地形を見る限り、交通事故としての落下は非常に考えにくい。これを受け、一家が自らの手で絶命を選んだ「無理心中」の可能性も浮上してきた。
一家が消息を絶った当時、彼らの自宅は完全に施錠されていた。そして、家の中では、何かの争いがあった形跡は一切見当たらず、順子さんはその日、社員旅行で中国へ出発する予定であったため、旅行の荷造りも完璧にされていた。驚くべきことに、家の食卓には、朝食が虫よけネットで覆われて、誰にも手をつけられていない状態で残されていた。
この不可解な失踪事件は、テレビのワイドショーをはじめ、多くのメディアで取り上げられ、「神隠し」とのキーワードが飛び交った。事実、近隣住民たちも口々に「神隠しの仕業だ」との声を上げていた。
こうした「神隠し」という伝説に縁のある言葉が広まった背景には、単に失踪の不可解さだけでなく、さらに深い因縁が潜んでいた。
世羅町には、大将神山という神秘的な山がある。この山には、古くから「神隠し」の伝説が息づいていた。昔話によれば、この地を支配していた長者の家に、お夏という名の美しい使用人がいた。このお夏は長者に寵愛されていたが、ある日突然、大将神山に足を運んだきり、姿を消してしまった。その後、村人たちはお夏を必死で探し求めたが、彼女の姿を見つけることは叶わなかった。村の人々は口を揃えて、「お夏は神隠しに遭ったのだ」と囁いていた。そして、この伝説に絡む衝撃の事実がある。この大将神山は、かつては失踪した山上家が所有していたという。
失踪事件当日、平成13年6月4日、母・順子さんは、勤務先の社員旅行のため、中国・大連へと向かう予定だった。しかし、出発の時刻が迫る中、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。心配になった同僚が山上家を訪れると、大きくて格式のあるその家は、人の気配が全く感じられない、まるで放棄されたかのような状態になっていた。当日の朝、新聞配達を行った配達員の証言によると、朝5時頃にはすでに家の中には誰もおらず、政弘さんの車もなかったという。
失踪事件のキーとなるのは、家族の中で最後まで動向が確認できた長女・千枝さんである。彼女は、瀬戸内海沿いの同県竹原市にある市立竹原小学校で教鞭をとっていた。彼女は独身で市内のアパートに住んでおり、失踪する前日、学校のPTAの親睦会に参加していた。しかし、その次の日、彼女は何の連絡もなく、学校を休んでしまった。そして、その日の夕方、警察から学校に一家の失踪の知らせが入る。
翌日から、千枝さんは続けて学校を欠席。一方、自宅では、順子さんが用意していた旅行の荷物や、大金が手付かずのまま残されていた。さらに、家族の携帯電話や免許証、政弘さんのポケベルもそのまま置かれていた。家の中では、普段の生活がそのまま止まってしまったかのような様子だった。
警察は、一家が誘拐された可能性も考え、捜査を進めた。家族が通う教会や友人知人らから情報を得ようとするが、事件の手掛かりは一切見当たらなかった。
一家が失踪したのは、平成13年6月4日。そして、1年以上の時間が経過した平成14年9月7日、山上家の車が京丸ダムの湖底から見つかった。その車の中には、一家4人の遺体が乗せられていた。遺体は、過度な腐敗のため、すぐには同定が難しくなる中、歯科の鑑定により、山上家の一家と確定された。
車は、京丸ダムの堤防から約50メートルの位置に沈んでいた。堤防からの距離や水深を考慮すると、事故で車が水に飛び込んだとは考えにくく、自殺の可能性が高まってきた。また、車内には、一家の遺体が互いに手をつなぎ、前を向いて座っていたことが判明。このことから、一家は意識的に水没の死を選んだ可能性が高まった。
遺体の検死の結果、死因は溺死と判明。死後、1年以上が経過していたため、他の外傷や薬物の痕跡は認められなかった。車内には、飲酒の痕跡や鎮静剤のような薬物は見当たらず、自殺の意志が確認されるものもなかった。
事件発覚後、地元の住民や知人たちは、一家が自殺した理由について、さまざまな憶測を交えて語り合っていた。一家の経済的な問題や、千枝さんが抱える仕事上のトラブル、家族間の確執など、さまざまな要因が取りざたされた。しかし、確定的な証拠や、自殺の動機を示す手がかりは一切見当たらず、真相は謎のままであった。
事件から1年が経過し、捜査も一段落。しかし、真相を知る者は、この世にはもういない。そして、この事件は、未解決のまま時が過ぎていった。