上の部屋で寝るなと言った人影
アイルランド西部のコネマラ。祖母の家には、寝る前に暖炉脇の泥炭を一度すべて崩してから積み直すという古い決まりがありました。雨が三日続いた晩に階段へ立った人影の忠…
アイルランド西部のコネマラ。祖母の家には、寝る前に暖炉脇の泥炭を一度すべて崩してから積み直すという古い決まりがありました。雨が三日続いた晩に階段へ立った人影の忠…
図面を見ずに時計を直してしまう祖父は、締める順序だけを帳面に書き残しませんでした。順は手に訊け、というその一行の本当の意味を知ったとき、盛岡の塔時計をめぐる四十…
琵琶湖のほとりの古い秤屋には、秤は必ず二本で一組という決まりがありました。控え帳は百年ぶん一本だけ多く、梁の奥には目盛りのない竿が掛かっています。対岸にあったと…
但馬の鉱山の旧坑から出た、用途の分からない素焼きの壺。夜だけ振れる電位計、毎週坑口に落ちている金色の板、そして日報といつも一つだけ合わない人数。台帳に残した三と…
昭和五十八年の秋、八溝の山あいの集落で、数の合わない彫刻石が見つかりました。誰も見ていない日にだけ増え、絵はしだいに新しくなり、やがて建ったばかりの建物が現れま…
鍵をかけない田舎の家で、機械のように規則正しく鳴り続けるインターホン。祖母とそっと覗いた玄関の先に立っていたものとは何だったのか。招かれぬかぎり入れない来客の正…
県境の低い山にあるという工事中の寺を、後輩と二人で探しに行きました。霧の参道で墨染めの行列に出会い、袖から腕が覗いた瞬間、そのうちの一体が参道の先へ声を張り上げ…
解体を待つ無人の棟に、毎晩ひとつだけ灯りが点いていました。しかもその灯りは、取り壊しの進み具合に合わせて、一週間ごとに正確に一階ずつ下へ降りてくるのです。更地に…
映像研究会の部室に、ラベルのないテープが一本だけ残されていました。瀬戸内の無人島で撮られた合宿の記録です。行きも帰りも六人、数はきちんと合っています。それなのに…
火山の噴火で地中に沈んだ村の跡で、井戸を掘っていた私の祖先が、古い屋根の下から響く音を聞いた話です。三十三年ぶりに掘り出された二人の生き残り、記録と合わない人数…
息子と二人で出かけたキャンプの帰り道、近道に選んだ林道で車が止まった夜の話です。闇から跳ねて近づく白いもの、繰り返される低い声、そして助手席の窓に張りついた顔。…
夢のなかで「これは夢だ」と気づける私が、寂れた百貨店の地下へ際限なく沈むエレベーターに乗ってしまった夜の話です。平坦な女のアナウンス、一人ずつ消されていく乗客、…
中学時代、変わった口癖を持つ友達がいました。ある夏の日、私の部屋に、見知らぬ故人の古い自伝が、ひとりでに現れます。そこに記されていた故人の口癖は、なぜか、その友…
友人の部屋の宙に、手を振るとそこだけ動きが遅くなる場所があった。バスケットボールほどの、時間が淀む丸い空間。触れてはいけないその領域をめぐる不思議な体験を、淡々…