母がくれた腕時計と四十九日
留学の朝、病室の母が枕の下から出した包みには、母がくれた腕時計と手紙が入っていた。八か月後、その腕時計は三時十二分で止まる。母は一昨日の夜中、同じ時刻に旅立って…
留学の朝、病室の母が枕の下から出した包みには、母がくれた腕時計と手紙が入っていた。八か月後、その腕時計は三時十二分で止まる。母は一昨日の夜中、同じ時刻に旅立って…
消灯前の見廻りで、非常階段の踊り場に三歳くらいの子が立っていました。壁を向いたまま、踊り場の点滴台の支柱を掴んでいます。台にはポンプが付いていて、白いテープに七…
母が勤めていた会計事務所では、窓の下の雪だけが毎朝きれいに踏み固められていました。誰がやっているのか、所員の誰も知りません。山へ入ったきり戻らなかったおじいさん…
隣の家の門柱には、庇の下だけ雨のかからない場所があり、そこに青いチョークの丸が三つ残っていました。その子がいなくなった翌年から、丸は毎年ひとつずつ増えました。十…
盲腸で入院した中学二年の夜、カーテン越しに聞こえた優しい声は、鉄道の保線をしていたという隣のお爺さんのものだった。退院の日にお婆さんが渡した手紙が、手術前夜の六…
毎朝四時、庭で煙草を吸う私に新聞を渡してくれる高校生がいました。クリスマスの朝から三日のあいだだけ、その子は挨拶をせず、いつもの角を曲がりませんでした。曲がらな…
夜勤で内科外来へ紙の記録を取りに行くと、入ったときには無かったはずの白いラベルのカルテが床に落ちていました。うちの病院で白はどの区分にも使われていない色です。棚…
高校一年、朝六時半の満員電車で、いつも空いていた席に半年座り続けた。七月の朝、背もたれの向こうからボソボソとした声がして、振り向いた俺は何を見たのか。黒ずんだ制…
毎年七月、一人で通う湘南の海。四年前の食堂で、隣席の母娘は三つ目の湯呑みを頼み、父親は別の世界にいると話していた。昼の砂浜で、その父親と火を貸し合った私が、図書…
春休みに友人の健二がいなくなり、天満橋の真ん中にスニーカーと靴下だけがきれいに揃えて置かれていました。三軒にほぼ同時にかかってきた電話と、霊感の強いおばさんの枕…
冬の夕方の公園で、昔風の女の子に呼び止められた。魚へんに右と書いて何と読むのか、と。家に帰ると姉に塩を撒かれ、梅雨の頃から咳が止まらなくなった。白南天と霊視で一…
中学三年の秋、友人の家の離れには、ドアを挟んで内と外に二枚の札が貼られていました。風の強い晩が明けると、セロハンテープの形だけをきれいに残して、外側のお札が消え…
長野県の谷に二百十三基が群集する積石塚古墳群で、私はライターの火を頼りに石室の写真を一枚撮った。床から天井へ伸びる無数の腕と、俯いた女性の顔。帰り道、その古墳だ…
深夜二時の浜名湖サービスエリアで、窓を叩いた黒いワンピースの女は「名古屋まで」とだけ言った。開け方を知らない手つきで後ろのドアの前に立ち、美合の駐車場で水を買い…
十年前の夏、廃ホテルと隠れキリシタンの墓を回った帰りに、友人が賽の河原の石を蹴って倒した。その晩、金属のような音が四回鳴って止まり、窓一面に男の顔があった。翌日…
体調不良の原因は、俺ひとりの後悔の念ではなかった。霊媒師に言われて訪ねた先の仏間には、三か月前から毎晩夢に見ていた柱時計が、同じ三時十五分で止まっていた。その部…
取り壊し寸前の屋敷を実測した日、鋼の巻尺は必ず突き当たりの二尺手前で止まりました。翌朝に写された間取り図の廊下は、それから十四日ごとに二尺ずつ伸びていきます。平…
家賃が相場の半分だった、元仕立物屋の古い借家。北側の四畳半で眠る私の壁の中から、毎晩、何かを数える声がした。慣れてはいけないと祖母に言われた矢先、枕の中から現れ…
大学写真部の夏合宿で泊まった、外房の網元屋敷の古い民宿。深夜、寝落ちした部員の枕元に、濡れた髪の女が正座していた。誰も動けないまま夜が明け、東京に戻って集合写真…
まだ誰もがカセットテープを使っていた頃、亡くなった叔父の遺品だという一本を借りた。深夜、録音が終わった無音に、波の音と、抑揚のない男の声が混じる。海に浮かぶもの…
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