歪む空間

はじめにお断りします。
この話には、「幽霊」やいわゆる「恐ろしい人間」は登場しません。
しかし、私自身、いまだにこの出来事が何だったのか理解できないのです。
もし、この話をお読みになって、「それはこういう現象だ」と説明できる方がいらしたら、どうか私に教えてください。
あの現象は、一体何だったのでしょうか。
※
最初にそれが起こったのは、今から3年前、私が高校2年生の頃でした。
その日は学期末テストの前日で、深夜まで机に向かい勉強をしていました。
問題集の1ページを終え、自己採点をしようと机の隅に置いてあった赤ペンに手を伸ばしたときのことです。
うっかり手が滑り、赤ペンを床に落としてしまいました。
「カツン、カラカラ…」
静かな室内に、乾いた音が響きました。
私は軽く舌打ちし、落ちたであろう方向に身を屈めました。
「……?」
しかし、不思議なことに赤ペンがどこにもありませんでした。
誰でも一度は経験があるでしょう。落ちたはずのものが見つからない、あの感じです。
仕方なく床を這い回り探しましたが、やはり見つかりません。
諦めて立ち上がり、「もう寝よう」と思い、ロフトへ上がる梯子階段に手をかけました。
そしてロフトに登りきった瞬間、私は目を疑いました。
床に落としたはずの赤ペンが、そこにありました。
しかも、ひどく歪んだ状態で。
その時はなぜか恐怖は感じず、むしろ「こんなところにあるのか」と拍子抜けした記憶があります。
※
しかし翌朝になり冷静に考えると、昨夜の出来事は異常でした。
床に落ちたものがなぜロフトの上に?
しかもその赤ペンは、飴細工のようにぐにゃりと変形していたのです。
ペンはプラスチック製ですから、普通なら曲げようとしても折れるだけでしょう。
私はその気味の悪さに耐え切れず、ペンをすぐに捨てました。
※
しばらくは何も起こらず、私もその奇妙な「赤ペン事件」を忘れかけていました。
ところが、2度目の出来事は唐突にやってきました。
その日は学校で嫌なことがあり、帰宅すると苛立ったまま、自分の部屋に飛び込みました。
そしてポケットに入っていたタバコの箱を掴み、力一杯壁に投げつけました。
しかし、壁に当たるはずの音がいつまでもしませんでした。
私は嫌な汗をかきながら、数ヶ月前の赤ペンの記憶を思い出し、ロフトへ駆け上がりました。
案の定、タバコはロフトの上にありました。
それは紙のようにぺしゃんこに押し潰されていました。
急いでそれを捨てましたが、私は改めて壁を触りました。
ただの、いつもと同じ壁でした。
※
それ以来、この不気味な現象は頻繁に起こるようになりました。
消しゴム、画鋲、眼鏡など、物の種類に規則性はなく、消えた場所も様々でした。
ただ一つの共通点は、それらが必ずロフトに現れ、何らかの奇妙な変形をしていたということでした。
両親にも相談しましたが、当然のように真剣には受け止めてもらえませんでした。
やがて私はある恐怖に囚われるようになりました。
「もし次に消えるのが自分自身だったら?」
その場合、自分もまた歪んだ形で出てくるのだろうか、という恐怖でした。
そしてある日、とうとう最悪の事件が起こったのです。
※
その日は親戚の叔母が我が家を訪ねてきていました。
叔母は、ようやくハイハイができるようになった次男の「しんちゃん」を連れて遊びに来ていたのです。
居間では、私と母、叔母の3人で談笑していました。
赤ちゃんのしんちゃんは、上のお兄ちゃんと廊下で遊んでいました。
やがて大人の会話が盛り上がり、私は話に加われず、ただ静かに座っていました。
その時でした。
「ぎゃあああぁぁああ!!」
突然、耳をつんざくようなしんちゃんの泣き声が響き渡りました。
その悲鳴は私の部屋からでした。
私たち3人が急いで駆けつけると、そこにはお兄ちゃんが一人、呆然と立ち尽くしていました。
叔母が彼に尋ねました。
「しんちゃんは?しんちゃんはどこ!?」
お兄ちゃんは震えながら言いました。
「しんちゃんね、急に消えちゃった…」
私はその言葉を最後まで聞かず、すぐにロフトへ駆け上がりました。
その短い階段が、異常なほど長く感じられました。
「どうか無事で…!」
そんな祈りを胸に登り切ると、しんちゃんはそこに倒れていました。
気絶しているようでしたが、どこも変形した様子はありません。
ほっとしてしんちゃんの手を掴んだその瞬間――
「ぐにゃり」
赤ちゃんの手が、ありえない方向に曲がっていました。
※
その後の記憶は曖昧です。
叔母が我が家を訪れることは二度となく、私たちもほどなくして別の家へ引越しました。
ただ後日、母から聞いた話では、あの時しんちゃんの右手は「粉砕骨折」だったそうです。
※
改めて皆さんにお聞きします。
あの現象は一体何だったのでしょうか。
あれ以来、私の周りで奇妙な現象は一切起きていません。
しかし私は今でも恐怖しています。
いつか再び同じことが起きるのではないか。
そして次に床が私を飲み込んだとしたら、私はどこに現れるのでしょうか。
私はその時、果たして無事な人間の形でいられるのでしょうか。
その不安が今も消えることはありません。