時を隔てた憑依
最近ちょっと思い出した話がある。
霊媒体質の人には意識が入れ替わることがあるらしいけど、これは意識がタイムスリップして入れ替わったとしか思えない話。
※
数年前、ある人に連れられて飲みに行ったら、そこのホステスさんが霊媒体質とのことだった。
お決まりの幽霊話かなと思っていたが、少し違っていた。
切っ掛けは忘れたが、店の中で突然憑依されたらしい。
その女性がまるで男のような話し方に変わり、言葉遣いも変になった。まるで昔の武士みたいな話し方。
たまたま客も居ないし、また例のやつが始まったかと他のホステスも放ったらかしにしていたが、次第に様子がおかしくなって行く。
店の中をノシノシと歩き回り、物珍しそうに見て回っては「これは何だ?」と強い訛りのある言葉で尋ねたそうだ(何とか意味は伝わったらしい)。
ウイスキーのボトルを見ては「これは何だ?」と訊く。「ウイスキー」と答えると、「ういすきー? それは何だ?」という具合。
例しに飲ませてみると、初めて飲んだように思わず顔を顰める。
特に天井のシャンデリアを物珍しそうに眺めていたそうだ。電気を知らないらしい。
しかも天井から吊るす照明器具は見たことが無いようだった(昔は行燈だったからね)。
その内、「ここはどこだ?」と尋ねる始末。ようやく自分が別世界に来たことに気付いたらしい。
「儂は帰る」と行って店を出ようとするし、店から出たら出たで今度は外の様子が近代的な建物ばかりだから、茫然自失となる。
半分パニックになりかけていたのを、他の人が宥めるのに苦労したそうだ。
※
一方、ホステスさんの意識と言えば…。
突然目眩に襲われたかと思うと、辺りが白い霧に包まれている。
怖くなって走り回っていると突然、視界の一部に霧が薄くなっている所が見えた。
そこへ行くと、今まで居た店とは違う外の景色。それも遠くに川が流れ、馬小屋みたいな建物があり、地面には雑草が生い茂っている。
その内、誰かが傍を通り過ぎようとしていることに気付いた。
助けを求めて追い縋ると、それは馬に乗った武士だったそうだ(武士というのは、ホステスの証言に基づく)。
彼女は正面に走り込み、必死に「助けてください」と懇願したが、その武士は彼女の存在に全く気付かず、馬の歩みを進めて行く。
どうやら彼女は意識体だけで存在しているようだ。
孤独と恐怖に襲われた彼女はその場にうずくまり、ただ泣き叫ぶだけだった。
※
再び現代の店の中。
落ち着きを取り戻した「男」は、ようやく自分の素性を話し出したそうだ。
彼は馬子、つまり馬の世話係で、突然意識を失い、気が付くとここに居たという話である。
その様子を見て、最初はホステスの悪戯だと思っていた同僚達も次第に、それが本当に別人の意識が入り込んでしまったのだと考え始めたそうだ。
これはヤバイことになった。そうは思っても同僚達にはどうしようもない。
取り敢えず「男」に酒(日本酒)を与え、眠らせることに成功した。
その時点では、同僚達も気が動転して、その「男」が過去の人物だとは考え及ばなかったそうだ。
「どうする? 救急車呼ぼうか?」
「いや。もう少し様子を見てからにしようか」
そんな会話をしてから一時間ほど経った頃、今度は「彼女」が目覚めた。
彼女は自分が元の世界に戻ったことで安堵し、そしてまた泣きじゃくる。
同僚達もホッとしたが、一体何が起こったのか混乱するばかり。
ああでもない、こうでもないと結論の出ないまま、時を過ごすことになったそうだ。
※
ここまでは私が当事者達から聞いた話(実際はこんなに理路整然と話した訳じゃない。話があちこち錯綜して取り纏めるのが大変だった)。
そこで、私は彼女たちを前にこう結論付けた。
「もしかしたら、あなたは過去にタイムスリップしたんじゃないのかい?
原因は判らないけど、過去の馬子とあなたの意識が入れ替わった。
馬子の意識は、あなたの肉体に入ったけど、あなたの意識は馬子には入らなかった。
でも、それで良かったのかもしれない。もし入っていたら、こうして元に戻れたかどうか分からない。
時を超えて霊媒現象が起きるなんて初めて聞くけど、可能性はある。
現在と過去で生じた出来事を突き合わせてみると、馬子が電気も知らない昔の人であることは確かだし。
あなた達が作り話をしているとは思えない。現実に起こった出来事だろうね。
問題は、馬子がどの時代の人か?
現代人と一応の会話が出来るというのだから、そんなに昔の人ではないだろう。せいぜい幕末から明治初期というところじゃないかな?」
私はこれ以上納得の行く説明をする言葉を持たなかった。
別に『ラストサムライ』に引っかけた作り話じゃないよ(笑)。
ちなみに現代を訪れたその男が、再び過去の肉体に戻れたかどうかは一切不明。
ホステスは、もうあんな体験は嫌だと怯えていた。
幽霊を見るより恐ろしい体験だったようだ。
※
改めて自分の文章を読み返してみると、状況が掴み難い書き方をしてしまった。
当時の支離滅裂な証言が影響して、私の文章にまで反映されたようだ。
要は、現代の人間と、150年(?)隔てた過去の人間の意識が交代してしまったらしいというお話。
過去に行ったホステスの意識は、相手の男の肉体に行く前に自意識が目覚め、途中で立ち止まったんじゃないかと推測する。
それが霧に包まれた「通路」だったり、武士にも見えない霊体となっていたのだろう。
現代に帰る過程は、ついに聞き出せなかった。
覚えていないと言うのだから仕方がない。
見知らぬ異空間でパニックに陥っている時に、一々状況把握など出来ないからね。
しかし支離滅裂な証言ながら、時を隔てた他人との意識交代であるいうのは当時の私にも直観的に解った。