不敬な釣り人の顛末(宮大工11)

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とある休日、久しぶりにオオカミ様の社へと参りに出かけた。

途中、酒を買い求めて車を走らせる。

渓流釣りの解禁直後とあって、道には地元・県外ナンバーの四駆が沢山停まっている。

中には林道にはみ出して停めている車もあり、毎年の事ながらマナーの悪さに閉口しつつ、社へと上がる階段の前に辿り着いた。

小さな駐車スペースにも数台の車が停まっており、なんとか隙間に自分の車を滑り込ませて階段を上った。

すると、雪に覆われた境内に大きなテントが設置されていた。

また、水場には炊事用具やゴミが散らかっている。

流石に頭に来たが、当人たちは釣りに行き不在なので文句の言いようも無い。

こんな状況で心静かに祈れるわけもないので、取り敢えず散らかっているゴミと用具をまとめ、テントの中に放り込む。

そして、車に戻って木の板にマジックで

「ゴミはちゃんと片付けて帰って下さい。また、境内でのキャンプは禁止です」

と書き、テントの前に戻り立て掛けた。

そして、酒を捧げお祈りをしてから引き上げた。

しかし、家に戻ってからもどうも気持ちがスッキリしないので、夕方にもう一度お社へと出掛けてみた。

階段前には既に車は一台も無い。

そして、階段を上がってみると目を疑わんばかりの惨状が広がっていた。

俺の立て掛けた看板は二つに折られてゴミと共に燃やされており、ビールの空き缶とタバコの吸殻はあちこちに散乱している。

俺の納めた酒は瓶が叩き割られ、なんと水場には渓流魚を捌いた後のはらわたが大量に散乱している。

神のおわす場所で殺生を行うとは…。

俺は余りの事に頭が真っ白になったが、どこにも怒りをぶつけられずに震えるばかりだった。

なんとか片付け終わった頃には既に日は落ち、辺りは真っ暗である。

ため息をつきながらゴミ袋を抱えて立ち上がり、社に向かい一礼し頭を上げると、そこにはあの少年が背を向けて立っていた。

いつもの、穏やかな雰囲気は微塵も無い。

また、彼の体から蒼い炎のようなモノが吹き上がっている様にも見えた。

俺の口からカチカチと音が出ている。

恐怖の為に歯の根が合っていない事に気付くのにしばらく掛かった。

彼がこちらに向かってゆっくりと振り向こうとしている。

俺は『ヤバイ』と直感しバッとひれ伏し、頭を地面に着けて震えていた。

その一瞬の後、俺の横を熱い風が通り抜ける。

しばらくしてから体を起こすと、俺の横には一筋、雪が溶けて出来た道があった。

それから一ヶ月ほど経った後、恐ろしい夢を見た。

釣り人の格好をした見ず知らずの男四人が、雪溶け直後の大きな滝つぼで半ば溺れる様にして、真っ青な顔で震えながら必死で泳いでいる。

すると、そこに巨大な釣針が放り込まれ、男たちの首や体に突き刺さり宙吊りとなる。

そして宙吊りのまま、突然腹が割かれて臓器が湯気を立てながら零れ落ちる。

断末魔の絶叫を上げ動かなくなる男達。

しかし、また滝つぼに放り込まれると元に戻り泳ぎだす。

延々と繰り返される地獄絵図にたまらなくなり目を逸らすと、滝の上に誰か立っているのが見えた。

目を凝らし見つめると、それがあの少年の姿である事が分かった。

表情までは見えないが、いつもの微笑を浮かべている様だ。

しかしそこに慄然としたものを感じ、背筋が凍るような感覚に苛まれる内に目が覚めた。

後日、弟子の一人から県外から来た釣り人が四名行方不明になっているという話を聞いた。

それがあの男たちなのかどうかは確かめる術も無く、また必要も無いだろうと考え記憶の隅へと追いやった。

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