異なった世界のスイッチ

d9e70121bd2a886b94ede55e619792b9

アサガオが咲いていたから、夏の事だったと思う。

私は5歳で、庭の砂場で一人で遊んでいた。

ふと顔を上げると、生け垣の向こうに着物姿の見知らぬお婆さんがニコニコして立っている。

私はお婆さんを無視して遊び続けたが、お婆さんがいつまでも私を見ているのでとうとう気になって立ち上がり、お婆さんの方へ近づいて行った。

生け垣を挟んでお婆さんと見つめ合ったのは何分ぐらいだったのか……。

突然、「○美!」と狂ったように私の名前を叫ぶ母の声が頭上から降って来て、振り向く間もなく私は母に抱きしめられた。

「どこに行ってたの!庭から出ちゃダメって言ったでしょう!」

祖母も髪を振り乱して駆け寄って来て、

「良かった!寿命が縮んだ!」

と私の頭を撫でた。

聞けば、私の姿が庭に見えないので、家の内外から近所まで、母と祖母で小一時間も探し回っていたのだと言う。

「ずっと庭にいた」といくら言っても信じてもらえず、あの時は散々母に叱られて、夜までずっと泣いていた。

生け垣のお婆さんがどうなったかは覚えていないが、母の出現と同時にパチンと消えた……あるいは、異なった世界のスイッチがカチッと切り替わったような感覚を覚えている。

今にして思えば、お婆さんと見つめ合っていた間、自分の周りの一切の音や気配が消えていた気がするのだ。

庭に面した茶の間とキッチンでは母と祖母が忙しく家事をやっていて、境のガラス戸は全開になっていたにも関わらず…。

関連記事

渦人形(長編)

高校の頃の話。 高校2年の夏休み、俺は部活の合宿で某県の山奥にある合宿所に行く事になった。 現地はかなり良い場所で、周囲には500~700メートルほど離れた場所に、観光地の…

ふたりの母

ふたりの母 — 扉の向こうと現実のあわいで

これは、私がまだ小学校に上がる前の、夏の終わりに体験した不思議な話です。 ※ その日、私は母方の祖父母が住む田舎の家で、昼寝をしていました。 何度も訪れていたはずの…

飲み屋街(フリー写真)

仏壇の異変

叔母さんが久々に俺の家に遊びに来た時、つい先日見たテレビの恐怖特集の話になり、 「幽霊とか居る訳ねーじゃん!」 という会話をしていた時だった。 その叔母さんが、お客さ…

街並み

見知らぬ街で目覚めた日

2001年の秋、私は風邪を引いて寒気を感じていました。症状を抑えるため、大久保にある病院に行くことにしました。西武新宿線の車内でつり革につかまり、頭痛がひどくなってきたため、目を閉じ…

病院

病院の空白

私は2年前まで看護師をしており、今は派遣事務の仕事に就いています。看護師時代は17、18時間の長時間勤務が当たり前でした。 ある日の二交代勤務中、朝7時半に病院の通用口を通り抜…

友子が二人

一人で繁華街を歩いていると、ガラス張りのカフェ店内の窓際席に一人でいる友子を見つけた。 友子の携帯に電話して驚かせようとしたが、友子は電話に気付かない。 じっと座り、目を左…

林

山の女の子

昔、私が小学3年生のとき、毎年夏になると両親は私を祖母の家に連れて行っていました。その町は都心から離れたベッドタウンで、まだ発展途上の田舎でした。周囲は広い田んぼや畑、雑木林が広がっ…

迷い道

昔、某電機機器メーカーの工場で派遣社員として働いていた時の話。 三交代で働いていて、後一ヶ月で契約が切れる予定で、その週は準夜勤(17:00~0:30)でした。 当時は運転…

夜の工場

深夜の国道と消えた時間

昔、私は某電機機器メーカーの工場で派遣社員として働いていたことがありました。 三交代制の勤務で、その週は準夜勤、つまり17時から深夜0時30分までのシフトに入っていました。 …

もどれと言った女性

もどれ

それは、まだ母が幼かった頃のことです。 当時、母は家族とともに、ある団地に暮らしていました。 その団地で体験した、今も語り継がれる奇妙な出来事があります。 ※ …