人形釣った

smap_78_3_smapadmin_20111031163240

俺は東京で働いていて家庭を持ってたんだが、2年前からちょっとキツイ病気になって、入退院を繰り返した挙句会社をクビにされた。

これが主な原因なんだが、その他にもあれこれあって女房と離婚した。

子供は女の子が二人いるんだが、俺が生活能力がないんで女房が育ててる。

申し訳ないと思ってるが、今のところ養育費なんかも払えないでいる。

それでなんとか病気の方は小康を得て今は郷里に帰ってきて療養している。

療養というと聞こえがいいが、実際は年老いた両親の元に一文無しで帰ってきたやっかい者だから、当然、近所も親戚の評判も良くない。

こっちに帰って来てパチンコに行く金すらないから、ヒマな時間は釣りをして過ごすことにした。

竿は中学校のとき使ったファイバーのやつで仕掛けもそのまま残ってた。

それで近所の川でずっと鮒釣りをしてた。

先月のことだ。

その日も朝から釣りをしてて、仕掛けは鯉用に変えてたから釣果はなし。

日が暮れたんで帰ろうと思って竿をあげたら針になんか引っ掛かってるんだよ。

手元に寄せてみたらぐしょ濡れの15センチばかりの人形で、プラスチックなんかでできてるんじゃなく、中に綿を詰めた布製で、髪の毛が毛糸でできてる女の子の人形。

俺はそれを見てあっと思った。

もう30年も前の記憶が一気によみがえってきた。

俺が幼稚園の頃なんだが、近所にミキちゃんという一つ下の女の子がいてよく遊んでた。

その子の家は俺の実家から100メートルくらい離れた通りの向かい側で、バラックに近いぼろぼろの家だった。今はスーパーの駐車場になってて無いけどな。

その子は片親で、アル中の親父と暮らしてたから、かっこも汚くて髪もぼさぼさで遊ぶものもほとんど持ってなかった。

家で殆どかまってもらえなかったんだろう。

幼稚園にも保育園にも行ってなくて、俺が幼稚園から帰ってくるのをずっと俺の家の前で待ってて、「お兄ちゃん遊ぼ」と言って駆け寄ってくる。

で、釣り上げた人形はその子がいつも脇に抱えてたやつによく似てるんだよ。

何でこの人形のことをすぐに思い出したかっていうと、実はそれは俺が川に投げ込んだからなんだ。

俺が小学校に入ってミキちゃんとはほとんど遊ばなくなった。

これはミキちゃんと遊ぶと新しくできた小学校の友達からからかわれるというのが大きかった。

だからいつものようにミキちゃんが俺んちの前で待ってても、話をしないで横を向いて家に入って行くようにした。

その頃にはミキちゃんはボロくずのような格好になってたし、アル中の親父が酒場なんかのあちこちで迷惑をかけるせいで、俺の両親もミキちゃんと遊ぶのを歓迎してなかったしな。

ある日、俺が河川敷で友達と野球か何かして遊んでると、ミキちゃんが近づいてきて、その人形を草むらに置いて膝を抱えて俺らが遊んでるのを見てる。

俺は友達からからかわれるのが嫌だったから、ミキちゃんに「帰れ!」って怒鳴ったんだ。

だけどそれが聞こえないように、やっぱりニコニコしてこっちを見てる。

俺はなんか無性に腹が立って、ミキちゃんの方に走っていくと草の上に置いてあった人形をつかんで川に投げたんだよ。

人形は土手の下の草に落ちて、川まで落ちたかどうかは分からなかった。

ミキちゃんは、俺のやったことを見るとはっと息をのんで、ものすごく悲しそうな顔をしてとぼとぼと帰って行った。

それから1ヶ月くらいしてミキちゃんはアル中の親父に殴られて死んだんだ。

釣り上げた人形を見て、それらのことをバーッと思い出したんだ。

でも、ありえないだろ。

30年以上前の布の人形がそんなに残ってるなんて。

だからよく似てるけどまったく別の物だと考えることにしてもう一度よく見ようとしたら、耳もとで「お兄ちゃん遊ぼ」という声がはっきり聞こえたんだ。

振り返って辺りを見回しても誰もいない。

俺は水を浴びせられたようにぞくぞくっとして、その人形を川に捨てた。

そしたら水を吸ってるせいなのか人形は石のように沈んですぐ見えなくなった。

俺は逃げるようにしてその場を離れたんだが、一人になってあれこれ考えているうちに、ものすごく切ない気持ちになったんだ。

それでずっと忘れてたミキちゃんの墓参りに行こうと思った。

で、おふくろに場所を聞いて行ってみた。

ミキちゃんの墓は本家筋の墓の脇に小さな自然石が置かれてるだけだった。

親父は警察に捕まってるし、墓があるだけでもましなのかもしれないと考えながら手を合わせていると、ふっと陽が陰りセミの鳴き声が止んで、その苔むした自然石の墓の陰から黒い小さな影が立ち上がった。

そして「お兄ちゃんがんばれ」と小さな声で言った。

いや、小さな声が聞こえたような気がしただけ、黒い影を見たような気がしただけ。

すべては幻覚だったと思う。

帰る道すがら、女房に預けてある二人の娘のことを考えた。

がんばらなきゃいけないなって思った。

それからミキちゃんの墓には大きな人形を買ってお供えしようと思ってる。

まあこれだけの話。文章が下手くそでスマン。

関連記事

竹下通りの裏路地

今から5年前、当時付き合っていた彼女と竹下通りへ買い物に出掛けました。 祭日だったと記憶しています。どこを見ても若者だらけで、快晴の空の下、人混みを避けながら買い物を楽しんでいま…

交差点(フリー素材)

命の恩人との再会

小学5年生の時の話をします。 ある日、通学路の交差点を渡っていると、右折車が横断中の俺を目がけて突っ込んで来た。 催眠術にかかったように体が動かず、突っ込んで来る車を呆然…

住宅街

深夜の訪問者たち

昨年の夏のある夜、我が家は月に二、三回、夜10時から11時頃にピンポンダッシュの被害に遭っていました。 最初は怖さを感じましたが、窓から見える犯人たちの後ろ姿は中学生か高校生の…

古民家の居間

孤独

中島らも氏のエッセイで読んだ話。 新聞の投書欄に送られて来た独居老人の手紙です。 『定年で会社を辞めてから随分経つが、ここのところ出先から帰ると居間に自分が居る、というこ…

丹沢湖の女

去年の夏に職場の仲間4人と丹沢湖へ行った。 車で行き、貸しキャンプ場をベースにして釣りとハイク程度の山歩きが目的。 奇妙な体験をしたのは3泊4日の3日目だったはず。 …

街のショップ

開かない自動ドア

大学二年生の夏休みが近づいた頃、私に不思議なことが起こり始めた。 突如、コンビニやスーパーなどの自動ドアが私に反応しなくなったのだ。 以前は普通に使えていたコンビニの自動…

田舎の風景

最後の帰郷

ある日、母と一緒に二時間ドラマを見ていたときのことだった。登場人物として出てきたお手伝いさんの名前を聞いて、私は何気なく言った。 「お手伝いさんの名前って、大抵○○って言うよね…

トウモロコシ(フリー写真)

トウモロコシ

トウモロコシが食卓に上がる季節になると、我が家では必ず語られる話。 今では70歳近い母親が、小学4年生の時に体験した話だ。 ※ 一人っ子の母は当時、母の祖母と両親と一緒に田舎…

公衆電話(フリー写真)

鳴り続ける公衆電話

小学生の時、先生が話してくれた不思議な体験。 先生は大学時代、陸上の長距離選手だった。 東北から上京し下宿生活を送っていたのだが、大学のグラウンドと下宿が離れていたため、町…

箪笥(フリー写真)

形見の箪笥

高校時代の英語教師に聞いた話。 解り易い授業と淡々としたユーモアが売りで、あまり生徒と馴れ合う事は無いけれど、なかなか人気のある先生でした。 ※ 昔、奥さんが死んだ時(話の枕…