笈神様(おいがみさま)

b28edc27

その日の夜、私は久し振りに母に添い寝してもらいました。母に「あらあら…もう一人で寝られるんじゃなかったの」と言われながらも、恐怖に打ち勝つ事は出来ず、そのまま朝を迎える事となりました。もう雪は完全に溶けていました。

親に出来事を話しましたが、そんな訳あるか、と信じてもらえませんでしたが、泣きながらの必死の訴えに折れたのか、現場を見てきてくれましたが、何も無かったとの事でした。

しかし子供は自分を一番信じる物で、やはり自分の見たことを疑う事はありませんでした。

丁度冬休みで、一週間後には実家へ帰省する、という頃の出来事でした…。

その後、数日間はあの出来事を思い出し、外へ行く事が出来ませんでしたが、元気に外で遊ぶ弟を見ていると、あの出来事は夢だったのだろうか、と考えるようになり、いつしか自分も外で走り回っているようになりました。

あのような出来事も無く、いつしか殆ど記憶の隅から忘れ去り、いつのまにか実家へ帰省する日がやってきました。車で高速を通って、およそ5時間程かかります。

いつものように、自分のお気に入りの携帯ゲームや、本等を前日に用意し、実家へと帰ったのです。

お婆ちゃんやおじいちゃんに会う事を楽しみにしていた私ですが、実家に着いた時、凍りつきました。

実家の家の構造は、まず塀に囲まれており、一箇所が門、もう二ヶ所がそれぞれ車庫と裏口に通じるようになっており、門を潜ってすぐ右側に庭、まっすぐ進めば玄関、となっています。

私が凍りついたのは、門から入り、なんとなしに右側を見たからでした。そこには、あの球体があったのです。まだ空も明るい午後5時頃の事です。

色は、ここでも見たはずなのにやはり憶えていません。触る勇気は、もはやありませんでした。

恐怖に打ちのめされそうになりながら、親にしがみつき、父親に球体を指差し、言葉にならない言葉を発しながら、泣き出しました。

ところが親には何も見えないようで、何故私が泣き出したのか解らず困っていましたが、何か大きな生き物でもいたんだろうという事で納得されました。

ただその時、玄関から出て私達を迎えてくれたおじいちゃんだけは、真剣な顔つきで私を見つめていました───。

小一時間程本を読んだりして暇を潰した後、夕食を食べる事になりました。夕食は子供が好きだから、という事でカレーライスでした。

勿論私も大好物なので、喜んで食べました。ただ、やはりあの球体が気にかかり、心配でした。もちろん恐怖も。

一人で早々に食べ終わらせ、2階の寝室に行き、静かにして落ち着くつもりでした。2階へ行き、寝転がって本を読んでいると、静かに襖が開き、おじいちゃんが来ました。

おじいちゃんは静かに私の隣に座り、一言漏らしました。

「○○(私です)ちゃん…笈神様(おいがみさま)が見えるのかい…?」

笈神様。私はすぐにあの球体の事だと解りました。

「お…いがみさま?」

「笈神様。庭に安置してある丸いボールがあったろう? あれの事だよ…」

私にも解りやすいように、ボール等という言葉を使っていたのをよく憶えています。

「笈神様は、この土地に代々伝わる神様でな…」

「何の神様なの?」

「うーん…何もしない神様、かな。一応神様という事になっておるから、悪口は言えんが…」

そう言って、おじいちゃんは私に笈神様のことを話し始めました。要約すると、こういう事です。

笈神様は、人々に利益を与える事は何もしない神。だが、人間が悪い行いをすると、それに見合うだけの天罰を降らせる。しかし人間が人間に対して悪いことをしても何も起こらない。

要するに人間ではなく、自然を守る神、という事になるのだろうか。人間に対してではない悪い行いといえば、自然に対する事しかない。

おじいちゃんも詳しいことは何も知らないそうだが、言い伝えによれば、何百年も昔から、笈神様を見る事が出来るのは数少ない人間のみで、笈神様もその数だけ存在するという。

見える者はそれを祀り、管理しなければならない事になっているという。また、この話は、この地域の人間は誰もが知っており、天罰を避けて悪い行いは全くしないという。

こんな話だった。

子供心に、なんだそりゃ…理不尽な神様だなあと思ったが口にしなかった。しかし、その後とんでもない事を思いついてしまったのだ。

「そんな神様、私が倒してやる!」

私は倉庫から金槌を持ち出し、未だに庭に見える神に近づいていった。そして思い切って、真上から振り下ろしたのだ。

直撃する瞬間「ドゴゥォォォォォォォォオオオオオオオオオオン」と物凄い音がし、それと同時に臭い臭いが漂ってきた。

音に気付いたおじいちゃんが、凄い形相で走り寄ってきた。私は呆然とその残骸を見詰めていた。

そこには、真っ二つに割れたカプセルと、半分ミイラ化した、茶色い死体が入っていた。

その死体は他の人にも見ることは出来たらしく、警察も来るおおさわぎになった。

後で聞いた話によると、その死体は凡そ60年前の子供の死体だという。だが、何故こんなにも保存状態が良かったのかは判らなかったらしい。

おじいちゃんにこっぴどく叱られたが、おじいちゃんの話によれば、保存状態が良かったのはカプセルのせいかもしれない、という事だ。

あの時、俺が見たカプセルにも、何かが眠っているのだろうか……。

関連記事

おどって

一年くらい前に誰かがテレビで喋っていた話。 ある女の子が夢を見ていた。 夢の中で女の子は家の階段を登っている。 すると誰かに足を掴まれた。 振り向くと皺くちゃの…

キャンプ場(フリー素材)

黒い石

大学時代のサークル活動で不思議な体験をした。 主な登場人物は俺、友人A、先輩、留学生3人(韓国、中国、オーストラリア)、友人Aの友達のアメリカ人、他は日本人のサークルメンバー。 …

灯台(フリー写真)

囁く声と黒い影

昔、酒に酔った父から聞いた話だ。 私の実家は曳船業…簡単に言うと船乗りをしている。 海では不思議なことや怖いことが数多く起きるらしく、その中の一つに『囁く声と黒い影』という…

時が止まる場所

昔ウチの近所に結構有名な墓地があって…。 当時俺は、よく友達と近所の大きな公園で、自転車を使った鬼ごっこをしてたんだ。 ある日、リーダー格の友人Aの意見で、公園内だけではつ…

ひとつ作り話をするよ

今日はエイプリルフールだ。特にすることもなかった僕らは、いつものように僕の部屋に集まると適当にビールを飲み始めた。 今日はエイプリルフールだったので、退屈な僕らはひとつのゲームを…

住宅(フリー写真)

苦労かけるな

夜に2階の自室で、一人で本を読んでいた時のこと。 実家は建てた場所が悪かったのか、ラップ現象が絶えなかった。 自分は単に家鳴りだと思っていたのだが、その日はポスターから音が…

ねぇ、どこ?

ある夜、ふと気配を感じて目が覚めた。天井近くに、白くぼんやり光るものが浮かんでいた。目を凝らして見てみると、白い顔をした女の頭だけが浮いていた。 驚いて体を起こそうとするが動かな…

山道

窓側を見てはいけない

ある夜、会社員のAさんは残業で遅くなり、タクシーを拾いました。タクシー内では運転手さんと様々な話題で盛り上がっていました。やがて、タクシーは山の中の暗い道を走り始めました。周囲はうっ…

新小岩駅(フリー写真)

腕を探す男

少し前の事だが、JR新小岩駅のホームで変な男を見た。 サラリーマン風の男が、 「僕の腕知りませんかー」「僕の腕知りませんかー」 と甲高い大声を上げながら、ホームを行っ…

雑炊

妻の愛

ようやく笑い飛ばせるようになったんで、俺の死んだ嫁さんの話でも書こうか。 嫁は交通事故で死んだ。 ドラマみたいな話なんだが、風邪で寝込んでいた俺が夜になって「みかんの缶詰食…