送り船

瀬戸内海

二年前の夏休みの話。

友達の田舎が四国のど田舎なんだけど、部活のメンバー四人で旅行がてら泊めてもらうことになった。

瀬戸内海に面する岬の先端にある家で、当然家の真横はもう、すぐそこが海。

みんなで泳いだり、浜で遊んだりとのんびり過ごした。

夜中、夜型の俺たちはいつまでも起きて騒いでいたが、「暇だから外行こうぜ!」という話になり、こっそり家を抜け出し浜に出て、海を眺めたりして話していた。

夜の瀬戸内海はどんよりとした闇の中で静かに揺れていて、遙か対岸の岬に小さく見える光や本州に向かう暗い波間、それは綺麗でもあるけれど逃げ出したくなるほど陰鬱に不気味でもあった。

手持ちぶさただった俺たちは「岬を浜沿いにグルッと回ろうぜ」という事になり、真っ暗な牡蠣だらけの岩場を、懐中電灯だけを頼りに歩き始めた。

その田舎の家の子だった友達に「この先、どうなってるの?」と聞くと、確か10分ほど歩けば家をぐるっと回り込んで、裏側の大きな浜に着くとの事。

俺たちは真っ暗な岬を進む。

暗闇と波に慣れてくると、冒険心と静かな海の音に感慨めいたものを感じながら、俺たちは順調に進んで行った。

すると、懐中電灯がぽっと浜辺を照らし出す。

「おっ、早いな。もう裏に回り込んだか」

しかし俺たちがその浜辺に上がってみると、そこは岩場に囲まれ背後は高いコンクリートの防波堤に塞がれた、小さな空き地のような浜だった。

「ここでちょっと休憩していこうか」

俺らは座り込み、持って来た飲み物を飲んだりしながらまったりする。

10分か20分ほど休んだ頃、突然一人が「しっ!ライト消して!」と強く囁く。

「えっ?」

戸惑う俺たち。そいつはパッと電灯を奪い取り、ライトを消す。

「何かそこに船がいる」

真っ暗闇の中、そいつはまた鋭く囁く。みんなも思わず口を噤む。

気配を探ってみると、確かに前方の暗い波間に小さな漁船のようなものが浮かんでいるようにも思えるけど、姿ははっきりとは見えない。

その時はなんだか、見つかると勝手に出歩いている事や余所の浜で遊んでいる事で叱られるのでは…と思い、みんな黙って身動きも出来なかった。

静けさに慣れた頃、

「いる」「いるな」

みんなヒソヒソと囁き合う。

「すぐ目の前に、船がいるよ」

その時、「キイッ、キィッ」という音が耳にも届き始めた。

波間に浮かぶ小さな船の軋む音。

音はいつまでも俺たちのいる浜の目の前を揺蕩い、離れない。

一人がてっきり誰かが俺たちを見つけて様子を伺っているものだと思い、ついに船の気配に向かって声をかけた。

「あの、すいません。僕ら、そこの家に泊めてもらってる者で、ここで遊んでたんです。夜中に騒いですいませんでした」

しかし呼びかけに対する反応はなく、音は変わらず浜辺を塞いでいる。

「船が勝手に漂ってるんじゃないの?」と一人が立ち上がり、

「おーい、誰かいますか?」と思い切って大声で呼びかけた。しかしやはり返事は無い。

俺たちは立ち上がり頷き合うと、みんなの懐中電灯を灯して海に向けた。

その瞬間、思わずみんな声を上げて後ずさった。

驚くほど近く、すぐ目の前の波打ち際に、小さな船が打ち上げられる形で留まっていて、何よりその船の上…。

男か女か、老人とおぼしき後ろ姿が一人じっと立っていて、どうやら沖の方、瀬戸内海の闇を黙って指さしている。

俺たちは何を恐れたのか、とにかく押し合い圧し合いで浜から飛び出し、元来た方向へと逃げ出した。

背後からはただ静かに、船を揺らす音だけが微かに響いていた。

朝になってみると夜中の出来事が嘘のように思える。

「何だったんだろうなあれ」と、俺たちはふざけて茶化し合うようにあの船の話を繰り返していた。

そこに家の人が小走りで来て、「ごめん、お昼ご飯用意できんわ」と言い出す。

「今朝早くにね、そこの○○さんのおばあちゃんが病気で亡くなったんよ。私らお世話にいかんといかんけえ」

夕方、その家に近所の人が集まり、通夜の用意やら何やらと慌ただしく働く。

俺たちは近所の子供たちと一緒に集められ、その家の縁側でおにぎりを振る舞われていた。

俺たちはみんな奇妙な視線を交わし合いながら黙り込んでいる。

俺たちのすぐ後ろ、仏壇に用意された遺影。

闇の中で出会った船の人影と全く重なるその面影。

俺たちは誰も何も言えずに、遺影に背を向けたまま夕食を食べていた。

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