時空を越えた入れ替わり

夜の繁華街

最近、ふと思い出した話がある。

霊媒体質の人には、まれに意識が入れ替わることがあるらしい。

だがこれは、ただの憑依ではなく、「意識がタイムスリップして入れ替わった」としか思えない出来事だった。

数年前のこと、ある人に連れられて、行きつけのスナックに飲みに行った。

その店で働くホステスの一人が、どうやら霊媒体質らしいという話になった。

最初は「また定番の幽霊話か」と思って聞き流していたが、その日の体験は一味違っていた。

話の途中で、突如その女性が様子を変えた。

彼女の話し方が急に男っぽくなり、言葉の調子もどこかおかしくなったのだ。

まるで、古い時代の武士が使うような、訛り混じりの言葉遣いに変わっていた。

その日、店には他の客もいなかった。

「ああ、また始まったか」と、店の仲間たちも最初は気に留めなかったが、彼女の様子は明らかに異常だった。

彼女――いや、そのときの「彼」は、店内を興味深そうに歩き回った。

置かれたボトルを見ては「これは何だ?」と尋ねてくる。

「ウイスキー」と答えると、「ういすきー? それは何だ?」と、繰り返してきた。

彼にとっては、酒どころか、電気すら初めて見るものだったらしい。

中でもシャンデリアには目を奪われていた。

天井から吊るされた光の装置など、彼の知る時代には存在しなかったのだろう。

「ここはどこだ?」と彼が問いかけたとき、ようやく彼自身も、自分が見知らぬ世界に来てしまったことに気付いたようだった。

「儂は帰る」と言い出して、ふらふらと店を出ようとしたが、外に出るとさらに異様な景色に包まれ、彼は茫然と立ち尽くした。

慌てたスタッフが何とか引き留めて、事態は一旦落ち着いた。

一方、その時の「ホステス本人」の意識はというと――。

彼女の証言によれば、突然目の前に霧が立ち込め、辺りが見えなくなった。

恐怖で走り出すと、視界の中に一部だけ霧の晴れた場所があり、そこへ向かった。

すると、そこはまったく違う時代の風景だった。

遠くに川が流れ、土造りの家屋、馬小屋のような建物が見え、地面には雑草が生い茂っている。

そして、馬に乗った男が現れた。

彼女は「助けてください!」と叫びながらその男の前に立ちはだかったが、男は彼女の存在にまるで気付かず、無表情のまま馬を進めて行った。

彼女は悟った。

自分はこの世界で「姿のない存在」――つまり意識体だけで存在しているのだと。

見えない、聞こえない、届かない。

孤独と恐怖の中で、彼女は泣き崩れた。

現代に戻り、酒を飲んで眠った「男」は、ようやく自分の素性を語り始めた。

彼は「馬子(まご)」、つまり馬の世話係で、ある日突然意識を失い、目覚めたら見知らぬ世界にいたのだという。

その語り口と所作は、もはや彼女の演技などとは思えなかった。

誰もが息を呑み、異常な出来事を目の当たりにしていた。

結局、「男」は酒に酔ったまま眠り、その後しばらくして彼女が目を覚ました。

元の意識に戻った彼女は、泣きながら自分の体に戻ってきたことを伝えた。

それはもう、幽霊を見るよりも恐ろしい経験だったと、彼女は語っていた。

私はその話を聞き、彼女たちにこう言った。

「おそらく、あなたの意識は過去にタイムスリップしたんだろう。

そして、ある時代の馬子と入れ替わった。

ただ、彼の意識はあなたの体に入ったが、あなたは彼の体には入りきらず、その途中で霧の中の“通路”に迷い込んだのかもしれない」

彼女が意識体として存在していたのは、肉体を持たない霊体だったからだろう。

何かのきっかけで、時空の“ズレ”が生じ、互いの意識が交換されてしまったのだ。

「その馬子が戻れたかどうかは…わからない。けれど、彼の魂は、もしかしたら現代に取り残されたままかもしれないね」

そう言うと、彼女は震えながら言った。

「もう二度とあんな体験はしたくない。幽霊を見るほうが、ずっとマシです」

過去と現在が交差する、わずかな一瞬。

それは“霊媒”の枠をも超えた、時空を超える不思議な現象だったのかもしれない。

関連記事

義理堅い稲荷様(宮大工9)

晩秋の頃。 山奥の村の畑の畦に建つ社の建替えを請け負った。 親方は他の大きな現場で忙しく、他の弟子も親方の手伝いで手が離せない。 結局、俺はその仕事を一人で行うように…

秘密

小学四年生の時の話。 当時、俺は団地に住んでいた。団地と言っても地名が○○団地というだけで、貸家が集合している訳じゃなく、みんな一戸建てに住んでいるような所だった。 既に高…

部屋

歪む空間

はじめにお断りします。 この話には、「幽霊」やいわゆる「恐ろしい人間」は登場しません。 しかし、私自身、いまだにこの出来事が何だったのか理解できないのです。 もし、…

iPhoneを横持ちする子供(フリー写真)

未来のゲーム

誰にも信じてもらえない出来事を、これから話します。 当時、私はまだ子供で、初代ゲームボーイが世に出たばかりの時代でした。 そのゲームボーイを親に買ってもらい、幸せの絶頂に…

庭の地面

記憶に刻まれた「一度目の死」

物心がついた頃から、私はこう語っていた。 「僕は一回、死んだんだ」 幼い子どもの妄言と思われるかもしれないが、私は本気だった。というより、その“死んだ記憶”は今でも鮮明に…

エレベーター

エレベーターと失われた時間

今日、不思議な体験をしました。 仕事が早く終わったので、行きつけのスナックで一杯飲むことにしました。 スナックが入っている雑居ビルのエレベーターに乗り、いつものように胸ポ…

鮒おじさん

小学校4年生の夏休みの事で、今でもよく覚えている。 川と古墳の堀を繋いでいる細い用水路があって、そこで一人で鮒釣りをしてたんだ。 15時頃から始めたんだけど、いつになく沢山…

山祭り

久しぶりに休みが取れた。たった2日だけど、携帯で探される事も多分ないだろう。 ボーナスも出た事だし、母に何か美味いものでも食わせてやろう。 そう思って、京都・貴船の旅館へ電…

夕焼け

前世の記憶を持つ少年

不思議な話が伝えられています。それは前世についての知識もないはずの幼い子供が、突如として自らの前世の話を始め、親を驚かせたというものです。 現在、アメリカ合衆国オハイオ州で、一…

赤信号(フリー写真)

ニコニコ

中学生の時の話。 当時6歳だった弟と剣道の道場に通っていた時のこと。 道場の近くに大きな交差点があるんだけど、そこの横断歩道で信号が赤から青に変わるのを待っていた。 …