フデバコさん
幼稚園の行事で、雪山の宿泊施設へ泊まりに行きました。
小さなホテルに泊まるグループと、ロッジに泊まるグループに分かれていて、私はロッジに泊まるグループになりました。
「寒いねぇ」
などと言いながら、みんなで雪を眺めつつ、施設の食堂でお昼ご飯を食べました。
大学の食堂のような、大くてザワザワとした場所です。
※
友達と二人で完食し、ロッジへ戻り満足していると、友達が怪訝そうな顔で聞いてきました。
「A(私)ちゃん、何でご飯食べてる時、友達を無視してたの?」
「友達を?」
「Aちゃんの横に立って話し掛けてる子が居たじゃん」
友達曰く、ワンピースを着た女の子が私に話し掛けていたのに、私は目もくれずにご飯を食べていて困ってしまった…とのことでした。
しかしうちの幼稚園の制服ではなかったこと、土足厳禁の食堂で汚いローファーを履いていたことから、
「変な子だったし、まあいいけど」
と友達は納得していました。
私は自分の食い意地を反省しつつ、
『食堂、うるさかったからな…よその幼稚園の子だったのかな』
と思いました。
「それで、その子は何て言ってたの?」
「何かAちゃんに『フデバコさんですか? フデバコさんですか?』って何回も聞いてたよ。フデバコさんって何?」
「何だろう…?」
お母さんと離れて心細かったのもあり、妙にそれが気持ち悪く、心に残りました。
でもそこは園児。夜は先生がみんなに本を読んでくれたり、冷凍みかんを作る(笑)などをして、すっかり忘れてしまいました。
※
次の日、朝の食堂が騒ぎになっていました。
ホテル組の子が、先生に何か必死に訴えていました。
内容はこんな感じでした。
『男子に酷いイビキをかく子が居て、女子はちっとも眠れなかった(子供なので部屋は男女混合)。
腹が立ったのと、好奇心で勝手にみんなで部屋の外へ出たら、廊下の遠くにぽつんと、何か銀色の横長のケースが落ちていた。
あれは何だろうとみんなで見ていたら、ケースから足が生えて…向こうへひょこひょこ歩いて行った』
それを聞いたみんなや先生は、
「ちゃんと寝ないからだ」「おもしれー(笑)」「幽霊とかの話ないの?」
などと言って相手にしていませんでしたが…本人達は本気で言っているように見えました。
※
『銀色の横長のケース…、それはカンペンではないかな?』とすぐに思いました。
カンペンって、筆箱ですよね…。
筆箱=フデバコ。
ロッジとホテル、施設の位置関係はもう覚えていませんが、私が昼間に何度も聞かれた『フデバコさん』と無関係には思えませんでした。
ロッジの子には食堂の女の子の話はしていないので、後付けのお芝居とも考えられないです。
かと言って、足が生えて逃げて行った横長のケースと土足の女の子にどんな関係があるのか…。
今考えてもその意図が曖昧で、不気味で全く分かりません。
『女の子はお化け?』
『自分の無くした筆箱を探して…』
…など、それらしいお話を考えてみましたが、では人の形をした私に
「あなたはフデバコさん? フデバコさん?」
などと話し掛けた理由は何だったのでしょうか?
その女の子に気付くことが出来なくて、本当に良かったとゾッとします。
「はい」と答えたらどうなった?
「違います」と答えたらどうなった?
小さかった私は、幽霊とは白い着物の女の人で…と言ったイメージしか持っていなかったので、あまりの得体の知れなさに『早く家に帰りたい!』と怯えてしまいました。
見かねた先生が、美味しいふりかけをご飯にかけてくれました。
もう一泊ありその日は眠れませんでしたが、何とか家に帰りました。
※
妖怪だったのかな、と今では思います。
似たような体験談を聞かないので、正体や目的は今でも判りません。