
オレのいとこの話をひとつ書こうと思う。
いとこは、オレと同い年で、小さい頃から兄弟みたいに育った。
頭もキレるし、人に対しても真っすぐで、頼まれごとを断れないような、いい意味で損な性格をしていた。
「人として見ごたえがある」という言葉がぴったりのやつだった。
そんな彼が二十五歳のとき、末期がんを宣告された。
家族はもちろん、オレを含めて親戚一同、信じられない気持ちと絶望で押しつぶされそうになった。
いとこには、そのとき真剣に付き合っていた彼女がいた。
だが、心のやさしい彼は、あえて彼女には「他に好きな人ができた」と嘘をついて、別れを告げた。
自分の病気で彼女の人生を縛りたくなかったのだと思う。
※
それから一年半、いとこは抗がん剤でなんとか延命していた。
ただ、その薬も次第に効かなくなり、検査のたびに腫瘍は少しずつ大きくなっていった。
副作用で髪も抜け、吐き気で眠れない日も増えた。
それでも、最初の頃の彼は驚くほど前向きで、「次の検査こそ数値が下がってるはずだ」と笑ってみせていた。
だが、さすがに自分の余命を察したのだろう。
ある時期から、彼の口から「死」という言葉が、冗談交じりではなく、現実として出るようになった。
「オレ、もう長くないかもな」
「死ぬときって、どんな感じなんだろうな」
そんな言葉を、オレは何度も聞かされるようになった。
オレはどうにか励ましたくて、ある日、半分は気休め、半分は自分への言い訳みたいなことを言ってしまった。
「ガンの特効薬ってさ、もしかしたら人間の身体の中にあるのかもしれないぞ。
今日から頭の中で、ガンが治る呪文を唱え続けてみろよ」
どこかで読んだ「ガンから奇跡的に復活した人」の記事を、いい加減にアレンジしただけの話だった。
根拠なんて、何ひとつなかった。
それでも彼は、いつものようにニヤっと笑って、
「じゃあ今日から毎日やってみるか」
と、真面目なのか冗談なのか分からない返事をした。
※
それから一ヶ月ほど経ったある日、オレが見舞いに行くと、いとこが妙なことを話し始めた。
「このところさ、変な夢ばっかり見るんだよ」
彼の話によると、白衣を着た人間が、真っ白な大蛇に乗ってやってきて、自分の体を治療していく夢を、一週間に一度くらいの頻度で見るようになったらしい。
大蛇は、天井から音もなくすべり降りてきて、ベッドに横たわる彼の体の周りをぐるりと巻きつく。
その背に乗った白衣の人物が、無言のまま、彼の患部に冷たい手をかざしているのだという。
「いやいや、オレ、ついに脳に転移でもしたんじゃないか?」
そう言って、彼は笑った。
オレも、「マンガみたいな話だな」と一緒になって笑った。
しかし、その夢を境に、奇妙な変化が現れ始めた。
まず、ほとんど寝たきりに近かった彼に、少しずつ体力が戻ってきた。
食欲が出て、久しぶりに「カレーが食べたい」と言い出した。
次の検査では、ガン細胞の増殖が止まっているどころか、ほんのわずかだが縮小し始めているという結果が出た。
医者は慎重な言い方をしながらも、こう口にした。
「もしかしたら、次は切れるかもしれません」
前回の手術は、腫瘍の一部を取るだけの姑息手術で終わっていた。
だから、オレたちはその言葉を、半分は信じられず、半分は信じたくてたまらない気持ちで聞いていた。
※
手術の前日、いとこはまた、あの夢を見たという。
ただ、その夜の夢はいつもと少し違っていた。
白い大蛇に乗った白衣の人物が、彼の枕元に立ち、はっきりとした声でこう告げたそうだ。
「今日が最後の治療になる」
驚いた彼は、思わず尋ねた。
「あなたはいったい何者なんですか?」
白衣の人物は、一瞬だけ微笑んで、短く答えた。
「お前が作り出した者だよ」
そこで夢は終わったという。
翌日、予定どおり手術が行われた。
オレは家族と一緒に、手術室の前で何時間も落ち着かない時間を過ごした。
長い時間が経ったあと、ようやく医者が出てきて、少し驚いたような顔でこう言った。
「手術はうまくいきました。
正直に言うと、腫瘍はほとんど残っていませんでした」
※
さらに、医者は首をかしげながら、こんなことも口にした。
「どこか別の病院で、治療を受けましたか?」
「いえ、ここ以外では何もしていませんが……。どうしてですか?」
家族がそう答えると、医者はカルテをめくりながら、少し考え込むようにして話を続けた。
「私の記録には無いタイプの処置を受けたような痕が、わずかに見えたんです。
私の記憶違いかもしれませんが……不思議ですね」
その言葉を聞いた瞬間、オレの背中に、ぞわりとした感覚が走った。
あの「白い大蛇の医者」の夢の話が、頭の中で一気につながった。
もちろん、現実世界で通用する話ではない。
医者に夢のことを話しても、笑われるか、困らせるだけだろう。
だからオレは、その「答え」を自分の胸の中だけにしまうことにした。
※
奇跡は、それだけで終わらなかった。
いとこはそこから順調に回復し、やせ細っていた体には、少しずつ健康な肉が戻ってきた。
髪も生え、笑顔も増え、やがて「完全寛解」という言葉を医者から告げられるまでになった。
普通の生活に戻ったいとこが、最初にしたことは、仕事を探すことでも、旅行に行くことでもなかった。
彼が選んだのは、数年前に嘘をついて別れた彼女に、きちんと謝ることだった。
何年かぶりに連絡を取り、病気のこと、自分が嘘をついて彼女を遠ざけたこと、ずっと心残りだったことを、ひとつひとつ打ち明けた。
彼女がどう返事をするか、オレは内心ハラハラしていた。
でも彼女は、時間をかけて彼の話を全部聞いたうえで、涙ながらにこう言ったそうだ。
「生きて帰ってきてくれて、よかった」
それから二人は、少しずつ距離を縮めていった。
※
そして、いとこが病を乗り越えてから何年か経った先日、ついに二人は結婚した。
披露宴の会場で、新郎側の席は涙、涙だった。
夫を舌癌で亡くしたオレの叔母も、目を真っ赤にしながら笑っていた。
「お父さんの分まで、生きてくれたんやね」
そんな言葉が、何度も口をついて出ていた。
オレは乾杯のあと、こっそりいとこに近づいて、小声で聞いてみた。
「なあ、あの白い大蛇の医者、まだ夢に出てくるのか?」
いとこは一瞬きょとんとしたあと、いつもの真面目くさった顔で、ぽつりと言った。
「いや、あれ以来、一度も出てこない。
たぶん、もう仕事が終わったんだろうな」
そう言って、彼はとなりに座る花嫁の手を、そっと握りしめた。
オレは、それ以上何も聞かなかった。
ただ、あのとき軽い気持ちで口にした「呪文」の話と、白い大蛇に乗った医者と、医者が首をかしげた手術痕のことを思い出しながら、
「世の中には、説明のつかない奇跡も、たまにはあるのかもしれないな」
と、心の中でそっとつぶやいた。
それが怖い話なのか、不思議な話なのか、あるいはただの偶然なのかは分からない。
けれどオレにとっては、いとこの笑顔が戻ってきたという事実そのものが、一番の「奇跡」なのだと思っている。