おもちゃの消防車 ― 嘘に宿る、真実の優しさ

消防車

雨の降る夜、会社帰りの A さんは、田んぼのあぜ道でしゃがみ込んでいる男性に気づいた。

街灯の光も届かない暗がりで、その人は泥だらけになりながら、地面を必死に探していた。

「どうされましたか?」

声をかけると、男性は掠れた声で答えた。

「長男に買って帰るはずだった、消防車のおもちゃが見つからないんです」

「それはお気の毒に……。私も探すのを手伝いましょう」

A さんはスーツの裾が汚れるのも構わず、男性と一緒に泥の中を探しはじめた。

雨は次第に強くなり、靴の中まで冷たい水が染み込む。

二人は言葉少なに地面を照らし、懸命におもちゃを探した。

しかし、どんなに探しても見つからない。

ふと A さんは隣の男性の横顔を見た。どこかで見覚えがあるような気がしたが、思い出せない。

それでも不思議と恐怖は感じなかった。ただ、どこか懐かしさのような感情が胸の奥に広がっていた。

「……無いですねぇ」

そう呟いた瞬間、隣にいた男性の姿が消えていた。

あぜ道には、自分の足跡と泥の匂いだけが残っている。

「おかしいな……」

そう呟きながらも、なぜか怖くなかった。

A さんは静かに傘をたたみ、ずぶ濡れのまま家へ帰った。

玄関に入るなり、母親が驚いた様子で駆け寄ってきた。

「まあ、どうしたの! その泥だらけの格好……」

A さんは先ほどの出来事を話した。

話が進むにつれ、母の顔色がみるみる青ざめていく。

やがて、母は押し入れから一冊の古いアルバムを取り出し、静かに開いた。

「その男の人って……この人じゃない?」

A さんが覗き込むと、そこには幼い自分を抱いた男性の写真があった。

まさに、さっきのあぜ道で一緒にいた人だった。

A さんは息をのんだ。

母は震える声で言った。

「あの人はね……あんたが三歳のときに亡くなったお父さんよ。あの日、消防車のおもちゃを買って帰る途中、交通事故に遭ったの」

その瞬間、A さんは理解した。

あの夜、父は約束を果たすために――九年越しに、おもちゃを探しに戻ってきたのだと。

母は泣きながら呟いた。

「あんたが一緒に探してくれて、きっとお父さんも安心したんだね……ありがとう」

A さんは、胸の奥で静かに雨音を聞いていた。

この話は、後に新聞の人間ドキュメンタリー欄に掲載されたが、実は創作であった。

しかし、記事を書いた記者はこう締めくくっている。

――これは嘘の話です。けれど、私はこの「消防車を探す幽霊」が大好きです。
 たとえ作り話であっても、人の心を動かすものには、確かな“生”が宿るのです。

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