自己暗示(神父の子4)

公開日: 神父の子シリーズ

曇り空(フリー素材)

ある日のこと。

教会に面識の無い中学生からの電話があったらしい。

どうやら複数人のグループで電話を掛けてきたらしく、電話を受けた親父も内容の把握に困惑していた。

内容を簡潔に言えば、「エンジェル様を怒らせてしまったので謝り方を教えて欲しい」とのこと。

流石の親父も「エンジェル様を怒らせた」の意味が解らなかったが、俺がこっくりさんの別名ということを説明すると、

「なるほど、なるほど」

と電話全体の意味を理解したようで、次の日曜に説教も兼ねて子供達を教会に呼び出した。

俺も多少の興味があったので日曜に教会で待っていると、驚いたことに先生と生徒4人の計5人でやって来た。

正直この手の話に大人が噛んでくるとは思わなかったので、逆に『先生に親父が怒られるのかも?』と心配したが、どうやらそうではないらしい。

話を聞くと、先生もエンジェル様の被害者だというのだ。

若い女性の先生と4人の女生徒。

神妙な面持ちの先生を後ろに、女生徒の一人がエンジェル様を怒らせた理由を話し始めた。

放課後に教室でエンジェル様を4人でしていたところ、教室の見回りをしていた先生に見つかった。

急いでエンジェル様にお帰り願って終了しようとしたが、エンジェル様が思うように帰らない。

痺れを切らした先生が強引に紙を奪って破き、エンジェル様を終了させてしまった。

それが一ヵ月ほど前の話で、それからずっとエンジェル様の呪いに悩まされているという。

具体的には風邪で高熱を出したり、車に轢かれそうになったり、夜に謎の気配を感じたりと、数え出したら切りが無いほどの不幸な目に遭っているそうだ。

親父は、エンジェルは神の意思を伝える神の子供だから、教会で心から謝れば必ず怒りは必ず治まると話した。

少し聖書を読んで聞かせた後、女生徒たちは神に懺悔してエンジェルの怒りから解放された。

念のため先生の連絡先だけを教えてもらい、2時間ほどで帰って行った。

帰り際に女生徒たちは、

「体が軽くなった!」

と一ヵ月に及ぶ長い呪いからあっという間に開放された。

教会の日曜日は忙しい。今日は異例のお客様もあったことで、かなり遅めの昼食になった。

俺は親父に今日のエンジェル事件の真相を聞いてみた。

答えは解っていたが、一応確認がしたかった。

答えは予想外のものだった。

「先生はかなり辛い状態だな…。何ともならないかもしれない」

一体あの先生に何が憑いているというのか? 気になった俺は親父に詳しく聞いてみた。

親父曰く(キリスト教の考え方とは全く異質の考え方だが)、霊というのは単体で動いていることは殆ど無く、強い意志を持った霊を中心に無数の霊で構成されていることが多い。

強い意志=霊長類なので、動物霊や虫などの霊を単体で見ることは殆ど無いのではないかと言っていた。

人間同士の霊がくっつく時は同じ意思を持った霊が合体することが多く、個人的な恨みを残して霊になったとしても、幾つも合体することで漠然とした恨みの塊になり、いわゆる成仏への道が完全に絶たれてしまうらしい(個々が原初の恨みを解消できない)。

脳を持たない霊魂は、霊になってまで達成したかった目的をいつまでも記憶できないので、どうしても漠然とした悪霊になってしまう。

神父が言うのも変な話だが、殆どの人間は死んですぐにお経などを聞かせたりすることで、この世そのものとの未練を断ち成仏して行くことが多いらしい。

「生前に死んだら無になる」「死んだ人間は何も出来ない」「幽霊など居ない」という考え方の人も、幽霊になることは少ないと言っていた。

先生には一つの強力な悪霊が憑いている。その霊に吸い付けられるように、様々な人間や動物や謎なものの霊が集まっているのだという。

その強力な悪霊は、先生を不幸に貶めるだけの力も十分に持っていると親父は言っていた。

親父は後日、先生に電話で連絡し教会に遊びに来るよう自然に呼びかけた。

先生はやはりエンジェル様事件以降、身近にポルターガイスト現象のようなものが起こり始め、悩んでいると打ち明けてくれた。

それは前回、生徒たちが来た後も変わらず続いているらしい。

一番相談したかったのは先生だったのだ。

親父は先生に、

「この世に幽霊など存在しない」

と説教を始め、まさしくキリスト教の司祭としての説教を始めた。

これには正直、驚いた。親父の口から幽霊が存在しないなどという言葉は聞いたことが無かったからだ。

その後も先生は仕事終わりに何度も教会に顔を出すようになり、親父の説教を熱心に聞いていた。

だがポルターガイスト現象は一向に治まらないと、悲痛な面持ちで泣きながら話していた。

先生が通い始めて一ヵ月、痺れを切らした俺は親父に何故先生を除霊してやらないのか聞いてみた(解り易く伝えるために除霊と書きます)。

親父はやれやれといった顔をしながら、

「先生に憑いているのは自分本人の生霊だ」

と答えた。

親父曰く、生霊は最も性質が悪く、祓うことはほぼ不可能。

しかも自分自身の生霊を纏ってしまうと最悪、自殺してしまうことが多いらしい。

生霊も霊なので他の霊を吸収する。しかし原初の意思をいつまでも持ち続けることが多いので(意思の発信源が生存しているため)、その霊の大きさ(物理的ではない)は死者の霊とは比べ物にならない。

先生は極度のマイナス思考、自虐体質、若しくは人に言えない悩みを抱えている。そして自分に嫌悪を抱いている可能性があるらしい。

それがエンジェル様の呪いという暗示を切っ掛けに、自らの力でポルターガイスト現象を引き起こしてしまっている。

若い子供などに多い現象(自分の顔が嫌いだとかが原因)だが、よく恋をしたりすることで改善する現象だと教えられた。

霊の存在は真実だが、それを誰もが認識する必要は無いと言っていた。

神父が説く「知らぬが仏」というやつである。

最後に親父は「正直、先生を救うのは難しいかもしれない」と言った。

それから先生は何度も教会に足を運んでくれたが、ポルターガイストは治まることはなかった。

先生は病院で「重度の鬱病」と診断され、「学校を辞めて実家の田舎で養生する」と言い、それ切り来なくなった。

何度か手紙が来たが、ポルターガイスト現象は実家でも起こると書いてあった。

その後、音信不通になって僅か半年で先生は自殺してしまった。

自殺した場所は勤務していた中学校。

都会で教師になることに憧れて夢が叶ったのに、田舎に帰ったのが更に追い詰めてしまったのだろうか…と俺は想像したが、時既に遅し。

自殺の一報を聞いた親父は、自分の無力さに朝の懺悔を昼までしていた。

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