猿ジイ

木造アパート(フリー写真)

私が小学生の頃に体験した話。

当時は通学路の途中に、子供達から『猿ジイ』と呼ばれている変なお爺さんが住んでいた。

年中寝間着姿で、登校中の小学生の後ろをブツブツ言いながら、5メートルくらい離れてフラフラ付いて行く。

気味は悪いが、実害は無かった(少なくとも私に対しては)。

赤ら顔で禿げていて、いつも前屈みだったから、猿ジイというあだ名で呼ばれていた。

その猿ジイが、ある日を境に姿を見せなくなった。

クラスメイトたちは口々に、

「逮捕された」「精神病院に行った」「死んだ」

などと噂していた。

私も猿ジイは気持ち悪いと思ってたけど、持ち前の怖いもの見たさなどから、猿ジイが消えたことを少し残念に思った。

猿ジイを見なくなってから1週間ほど経った日。

当時一緒に遊んでいた友人3人に、

「猿ジイの家に行ってみようぜ」

と誘われた。私は二つ返事で了解した。

猿ジイの家は、学校から100メートルも離れていない場所にあった。

平屋の仮設住宅のようなボロくて小さな家で、家を囲うブロックの塀と家との間に、バスタブや鉄パイプのようなガラクタが山積みになっていた。

入り口の引き戸には鍵が掛かっておらず、簡単に中に入ることが出来た。

今思えば、中に猿ジイが居るかも知れないのに、当時の私たちは何故か『猿ジイはもうこの家には居ない』と思い込んでいた。

みんなで靴を履いたまま中に乗り込んだ。

家の中は狭く、1DKの安アパートのような感じだった。

殺風景で、ガラクタで溢れる外とは打って変わり、殆ど何も無かった。

居間には布団を掛けていないコタツ、古いラジカセ、灯油のポリタンクなどが無造作に置いてあり、隣のキッチンには小さな冷蔵庫が置いてあるだけ。

家電製品は全部コンセントが抜けていたと思う。

何かを期待していた訳ではないけど、あまりに何もないので私たちはガッカリした。

「テレビも買えねーのかよ、猿ジイ(笑)」

「死体でもあれば良かったのにな(笑)」

などと口々に言いながら、家の中を物色した。

すると、キッチンを見に行っていた友人が、突然

「うぉっ!」

と叫んだ。

どうしたどうしたと、みんながキッチンに集合。

叫んだ友人が指差す方向を見ると、冷蔵庫のドアが開いていた。

屈んで中を見ると、冷蔵庫の中には、黒いランドセルがスッポリと嵌るように入っていた。

私は少しビビリながら、ランドセルを冷蔵庫から引っ張り出した。

ランドセルは意外にもズシリと重かった。

そして背(フタ)の部分には、刃物で切られたように大きな×印が付いていた。

「開けようか…」

「…開けるべ」

私はランドセルを開け、中身を床にぶちまけた。ノートや教科書、筆箱が散乱した。

ノートには『1ねん1くみ○○××』と名前が書いてあった。

教科書もノートも見たことのないデザインで、自分達の使っていた学校指定のものではなかった。

私は気味が悪くなった。多分みんな同じ気分だったと思う。

黙りこくって、床に散らばったランドセルと、その中身を見つめていた。

私はその空気に耐えられなくなり、

「猿ジイの子供の頃のやつかなぁ?」

なんておどけながら、一冊のノートを拾い上げ、パラパラと捲ってみた。

ちょうど真ん中くらいのページに封筒が挟まっていた。

封筒は口が糊付けされていたけど、構わず破いて中に入っている物を取り出した。

中身を見た途端、全身に鳥肌が立った。

封筒の中に入っていたのは一枚の写真だった。男の子の顔がアップになった写真。

男の子は両目を瞑って口を半開きにしていて、眠っているようだったけど、瞼が膨れ上がってる上に、鼻や口の周りに血のようなものがビッシリこびり付いていた。

「やばいよコレ…」

誰かがそう言った瞬間、突然「ガタン!」という音が風呂場の方から聞こえた。

みんなダッシュで猿ジイの家を飛び出した。もちろん件の写真など放り出し、私も逃げ出した。

そして、そのままその日は流れ解散。

申し合わせたように、猿ジイの家に行ったこと、あそこで見たものについては、みんな二度と話さなかった。

私たちが猿ジイの家に忍び込んだ数日後、あの家は取り壊された。

あれからもう12年経つ。

正直、あんなに怖い思いをしたのは、後にも先にもあの一回だけ。オカルトとも無縁の生活をして来た。

なのに最近まで、すっかり猿ジイのことも猿ジイの家で見たものも忘れていた。

多分、無意識の内に忘れようとしていたんだと思う。

それをどうして今になって思い出したのかと言うと。

一昨日、引越しのために実家で荷物をまとめていたんだ。

そしたら、暫く使っていなかった勉強机の奥から出て来たんだよ。あの男の子の写真が。

関連記事

赤模様

赤いシャツの女

二年前の今頃の話。 その日、来週に迎える彼女の誕生日プレゼントを買いに、都内のある繁華街に居た。 俺はその日バイトが休みだったので、昼過ぎからうろうろとプレゼントを物色して…

プール

臨時の用務員

小学校の時、用務員さんが急病で一度だけ代理の人が来た。 あまり長くは居なかったけど、まあ普通のおじさん。 ただ妙だったのは、すべての女子に「ヨリコちゃん」と話しかける。 …

神降ろし(長編)

2年くらい前の、個人的には洒落にならなかった話。 大学生になって初めての夏が近づいてきた金曜日頃のこと。人生の中で最もモラトリアムを謳歌する大学生といえど障害はある。そう前期試験…

田園風景

くねくね – 秋田の怪談

これは私が幼少の頃、秋田県にある祖母の実家に帰省した際の出来事である。 年に一度のお盆の時期にしか訪れない祖母の家に到着した私は、興奮を抑えきれず、すぐさま兄と一緒に外へ駆け出…

タクシー(フリー写真)

タクシーの先客

M子さんは、新宿から私鉄で一時間ほどの所に住んでいる。 その日は連日の残業が終わり、土曜日の休日出勤という事もあって、同僚と深夜まで飲み終電で帰る事になった。 M子さんの通…

ガソリンスタンド

ある若い男がガソリンスタンドに行った。 車の窓拭きをしてくれている店員が、凄い顔で車の中を睨んでくる。 クレジットカードで会計をしたら、このカードは不正だから降りろといわれ…

野球のバッター(フリー写真)

避けられない未来

都内のある高校に、ちょっとした怪談が流行った事がありました。 「校舎の横に植えてある手前から四番目のポプラの木を、夕暮れ時に見に行くと、 頭蓋骨が転がっている事があり、そ…

着信あり

自分なりに恐かった体験を書いてみようと思う。 もう4、5年は経ったし、何より関係者全員が無事に生きてる。 恐い思いをしただけで済んだのだからいいやと思う反面、やっぱりあれは…

マネキン工場

幼い日、何てことなく通り過ぎた出来事。その記憶。 後になって当時の印象とはまた違う別の意味に気付き、ぞっとする。 そんなことがしばしばある。 例えば。 小学生の…

林道(フリー写真)

姥捨て山

俺の兄貴が小学生の頃、まだ俺が生まれる前に体験した話。 兄貴が小学5年生の春頃、おじいちゃんと一緒に近くの山へ山菜採りに入った。 狙っていたのはタラという植物の芽で、幹に棘…