猿ジイ
公開日: 死ぬ程洒落にならない怖い話
私が小学生の頃に体験した話。
当時は通学路の途中に、子供達から『猿ジイ』と呼ばれている変なお爺さんが住んでいた。
年中寝間着姿で、登校中の小学生の後ろをブツブツ言いながら、5メートルくらい離れてフラフラ付いて行く。
気味は悪いが、実害は無かった(少なくとも私に対しては)。
赤ら顔で禿げていて、いつも前屈みだったから、猿ジイというあだ名で呼ばれていた。
※
その猿ジイが、ある日を境に姿を見せなくなった。
クラスメイトたちは口々に、
「逮捕された」「精神病院に行った」「死んだ」
などと噂していた。
私も猿ジイは気持ち悪いと思ってたけど、持ち前の怖いもの見たさなどから、猿ジイが消えたことを少し残念に思った。
※
猿ジイを見なくなってから1週間ほど経った日。
当時一緒に遊んでいた友人3人に、
「猿ジイの家に行ってみようぜ」
と誘われた。私は二つ返事で了解した。
猿ジイの家は、学校から100メートルも離れていない場所にあった。
平屋の仮設住宅のようなボロくて小さな家で、家を囲うブロックの塀と家との間に、バスタブや鉄パイプのようなガラクタが山積みになっていた。
入り口の引き戸には鍵が掛かっておらず、簡単に中に入ることが出来た。
今思えば、中に猿ジイが居るかも知れないのに、当時の私たちは何故か『猿ジイはもうこの家には居ない』と思い込んでいた。
※
みんなで靴を履いたまま中に乗り込んだ。
家の中は狭く、1DKの安アパートのような感じだった。
殺風景で、ガラクタで溢れる外とは打って変わり、殆ど何も無かった。
居間には布団を掛けていないコタツ、古いラジカセ、灯油のポリタンクなどが無造作に置いてあり、隣のキッチンには小さな冷蔵庫が置いてあるだけ。
家電製品は全部コンセントが抜けていたと思う。
何かを期待していた訳ではないけど、あまりに何もないので私たちはガッカリした。
「テレビも買えねーのかよ、猿ジイ(笑)」
「死体でもあれば良かったのにな(笑)」
などと口々に言いながら、家の中を物色した。
※
すると、キッチンを見に行っていた友人が、突然
「うぉっ!」
と叫んだ。
どうしたどうしたと、みんながキッチンに集合。
叫んだ友人が指差す方向を見ると、冷蔵庫のドアが開いていた。
屈んで中を見ると、冷蔵庫の中には、黒いランドセルがスッポリと嵌るように入っていた。
私は少しビビリながら、ランドセルを冷蔵庫から引っ張り出した。
ランドセルは意外にもズシリと重かった。
そして背(フタ)の部分には、刃物で切られたように大きな×印が付いていた。
「開けようか…」
「…開けるべ」
私はランドセルを開け、中身を床にぶちまけた。ノートや教科書、筆箱が散乱した。
ノートには『1ねん1くみ○○××』と名前が書いてあった。
教科書もノートも見たことのないデザインで、自分達の使っていた学校指定のものではなかった。
私は気味が悪くなった。多分みんな同じ気分だったと思う。
黙りこくって、床に散らばったランドセルと、その中身を見つめていた。
私はその空気に耐えられなくなり、
「猿ジイの子供の頃のやつかなぁ?」
なんておどけながら、一冊のノートを拾い上げ、パラパラと捲ってみた。
ちょうど真ん中くらいのページに封筒が挟まっていた。
封筒は口が糊付けされていたけど、構わず破いて中に入っている物を取り出した。
中身を見た途端、全身に鳥肌が立った。
封筒の中に入っていたのは一枚の写真だった。男の子の顔がアップになった写真。
男の子は両目を瞑って口を半開きにしていて、眠っているようだったけど、瞼が膨れ上がってる上に、鼻や口の周りに血のようなものがビッシリこびり付いていた。
「やばいよコレ…」
誰かがそう言った瞬間、突然「ガタン!」という音が風呂場の方から聞こえた。
みんなダッシュで猿ジイの家を飛び出した。もちろん件の写真など放り出し、私も逃げ出した。
そして、そのままその日は流れ解散。
申し合わせたように、猿ジイの家に行ったこと、あそこで見たものについては、みんな二度と話さなかった。
私たちが猿ジイの家に忍び込んだ数日後、あの家は取り壊された。
※
あれからもう12年経つ。
正直、あんなに怖い思いをしたのは、後にも先にもあの一回だけ。オカルトとも無縁の生活をして来た。
なのに最近まで、すっかり猿ジイのことも猿ジイの家で見たものも忘れていた。
多分、無意識の内に忘れようとしていたんだと思う。
それをどうして今になって思い出したのかと言うと。
一昨日、引越しのために実家で荷物をまとめていたんだ。
そしたら、暫く使っていなかった勉強机の奥から出て来たんだよ。あの男の子の写真が。