何も無い空間

ビル(フリー写真)

俺が建設業の見習いをしていた2、3年前の体験です。

その年の夏は滅茶苦茶暑くて、その日は特に忙しかった。現場は既設ビル内。

何とか定時までに終わらせなければならず、上の人に次々と作業を指示されたり道具を運ばされたりして、テンパりまくっていた。

俺も少しでも早く終わらせることに集中し、その辺に体をぶつけて血が出ていても気にしなかった程。休憩も無し。

一つ一つ作業を熟して行くことに、テンパりながらも高揚感を覚えていた。

上の人も流石プロの早さで、それを見て勉強しながら作業をしていた。

昼過ぎに材料が足りなくなり、作業が中断した。

「ちょっと車に探しに行ってくるわ。待ってて」

「はい」

膝を付いた状態で、廊下でふう…と一息吐いた。その時、

『…あれ!?』

気が付くと、ビル内がやけに静かだ。

さっきまでサラリーマンやOLさん達が、事ある毎に廊下を行き来していたのに、その気配が無くなっている。

建物が機能しているという証拠である、色々な機能音も無くなっていた。

自分の耳鳴りと、速く脈打つ鼓動すら聞こえる。

これを読んでいる方も、夜中に外を歩いていたら偶に遭遇する、全くの無音になる瞬間を経験したことはないだろうか?

唐突なその感覚に気味が悪くなり、大き目の声で上司を呼んだが、もちろん返事は無し。

車が道路を走る音もしない。街はどうなっている?

俺は走り出し、廊下の突き当たりにある狭い窓から街を見下ろした(自分は3階に居た)。

街は俺が居るビルを残し、何も無い空間になっていた(今思えば、あの空間は『時空のおっさん』関連の話にある校庭だったのかもしれない。窓からは視界が狭く、それほど見渡せなかった)。

遠目に見ると、背格好がやっと判るくらいの距離に、誰かがぽつんと立っていた。

おっさんだった。

こちらを見ていた。俺をジーッ…と睨み付けている気がした。

俺は驚いて窓を開け、何か言おうとしたら、その人は途轍もなく大きな声で

「どこから来た!?」

と言った。

疑問形だが、その声は初めから答えなど求めていない風だった。

呆気に取られていると、続いて

「戻りたいならじぶ」

「ドサッ!!!」

次の瞬間にハッと気付くと、膝を付いている俺の目の前に書類やファイルの山。それから女性の脚。

世界は元に戻っていた。様々な音とざわめき。

「すみません!」

OLさんがファイルを落としたようだ。

どうやら、ドアを開けたら傍らに道具が散らかっていたり、俺が座っていて驚いたようだ。

こちらも謝り、ファイルを拾うのを手伝いながら、その沈黙の世界の現実感に

『今のは…夢じゃない?』

などと思っていたけど、そのOLさんがやけに可愛く、作業員の俺にも丁寧な言葉遣いで

「凄い重装備ですね」

などと笑顔で労ってくれたりしたから、すっかり見惚れていた。

そうしている内に上司も戻って来て、仕事が再開した。

ゆっくり考えるのは帰路に着いてからだった。

『戻りたいならじぶ』

までしか聞き取れなかったおっさんの言葉。

じぶ…自分? 自分で何とかしろと?

ちなみに、俺は携帯を持っていました。

『時空のおっさん』関連の話にあるような、おっさんが携帯のようなものを手にする仕草をしていたかどうかは分かりません。

顔も覚えていません。と言うか、遠くて見えませんでした。

ただ、中年の男性ということだけは確信があります。

今思えば、あのOLさんに救われたのかな。

『彼女の持つエネルギーが引き戻してくれた?』などと俺は思っています。

そのビルにはその後も二度ほど行ったけど、その子が勤める三階に用事は無く、同じような体験もありませんでした。

関連記事

異世界から元に戻れなくなった

この話は2013年の8月頭くらいの話。 爺ちゃんの49日のために行った先での出来事だから、恐らくその辺りだ。 その日はクソ暑かった。休日だったその日は、朝から爺ちゃんの法要…

無人駅

高九奈駅

今でも忘れられない、とても怖くて不思議な体験をしたのは、私がまだOLをしていた1年半前のことです。 毎日、会社でのデスクワークに疲れて、帰りの電車で眠るのが日課でした。混んでい…

きょうこさん

異界の名を呼ばれた日 ― きょうこさん

「これまで、いろんな霊体験をしてきたって言ってたけど、命の危険を感じるような、洒落にならないくらい怖い体験って、ある?」 ある日、ふとした会話の流れで、以前付き合っていた“霊感…

存在しない駅

当時学生だった自分は大学の仲間と大学の近くの店で酒を飲んでいた。 結局終電間近まで遊んでて、駅に着いたらちょうど終電の急行が出るところだったので慌てて乗った。 仲間内で電車…

異界の夜

禁足の神社と小さな神主

夏の時期に体験した、不思議で、どこか気味の悪い出来事です。 それは今から3年前、私が21歳だった頃の夏。ちょうど8月の二週目のことでした。 大学に通うために上京していた私…

秘密

小学四年生の時の話。 当時、俺は団地に住んでいた。団地と言っても地名が○○団地というだけで、貸家が集合している訳じゃなく、みんな一戸建てに住んでいるような所だった。 既に高…

夜の駅前

真夜中の見知らぬ駅

あれは、私が大学生の頃の不思議な体験です。 その日、私は大学の友人たちと飲み会に行き、終電ギリギリまで楽しく過ごしていました。 仲間たちは徒歩や自転車通学ばかりで、電車通…

時が止まる場所

昔ウチの近所に結構有名な墓地があって…。 当時俺は、よく友達と近所の大きな公園で、自転車を使った鬼ごっこをしてたんだ。 ある日、リーダー格の友人Aの意見で、公園内だけではつ…

ワープ

会社の後輩に聞いた、その子の友人(Aさん)のお話。 Aさんが小学生の時、積極的だったAさんは、休み時間に校庭で皆とドッジボールをして、チャイムが鳴ったので一番に教室に駆け込んで行…

田舎の風景(フリー写真)

大きな馬

昭和50年前後の事です。 うちの祖父母が住んでいた家は、東京近郊の古い農家の家でした。農業は本職ではなく、借家でした。 敷地を円形に包むように1メートル程の高さの土が盛ら…