ブナの尾根を下りる片目様
昭和四十九年の晩秋、奥羽のブナ山で国有林の境界を調べていた見習いの私は、老いた杣から「北の一つ目の尾根を見るな」と告げられる。額に縦の目をもつ片目様に魅入られた…
続きを読む:ブナの尾根を下りる片目様昭和四十九年の晩秋、奥羽のブナ山で国有林の境界を調べていた見習いの私は、老いた杣から「北の一つ目の尾根を見るな」と告げられる。額に縦の目をもつ片目様に魅入られた…
続きを読む:ブナの尾根を下りる片目様剥製の標本が整然と並ぶ、世を去った蒐集家が遺した奥の部屋。台帳と棚とを照らし合わせるうち、私は標本がいつも一体だけ多いと気づく。種の名ではなく、人の名と日付だけ…
続きを読む:名札のある剥製の部屋昭和の山奥の集落で、国土調査の測量技師が聞いた鏡淵の言い伝え。のぞけば名をとられるという淵を、若さと好奇心から三人でのぞいてしまった。五年後、十年後に一人ずつ静…
続きを読む:山奥の鏡淵で名を呼ぶ女昭和五十七年の秋、川霧の立つ山あいの町で市史を編んでいた私は、丘の祠に納められた木札を写真に撮ってしまった。その晩から、灰色のコートを着た名取りの女が借家の戸や…
続きを読む:夜の窓を覗く名取りの女四十年戸籍を扱った私のもとへ、消えた集落『音無』から毎春、消印も住所もない出生届が届いた。百年以上前と同じ赤子の名、震える筆跡。誰が出すのか確かめに山奥へ分け入…
続きを読む:無人の里に届く出生届昭和の山奥、ダム工事の飯場で働いていた二十歳の夏のことだ。決まりを破って入った夜の裏山で、御神木に古釘を打ちつける女を見てしまった。危険な好奇心が招いた取り返し…
続きを読む:裏山の御神木に釘を打つ女昭和の山あいの町の古い映画館で住み込みで働いた二十歳の娘が出会った、不思議な話。閉館後の誰もいない客席から、夜ごと大勢のゲラゲラという笑い声が響く。ある晩そっと…
続きを読む:誰もいない映画館の笑い声山あいの谷で代々の田を継ぐ私は、水の止まった真夏の朝、祖父の遺した時空の隧道をくぐった。抜けた先に広がっていたのは、もう山に還ったはずの段々の田と、水車の回る古…
続きを読む:時空の隧道を抜けた朝昭和の初め、峠の脇道に立ちこめる紫の靄に誘われ、私は地図にない盆地の村へ迷い込んだ。松明を掲げ入り者を探す村人、季節外れに穂を垂れる棚田、止まった懐中時計。異世…
続きを読む:薬売りが迷い込む異世界の村昭和の終バスを任された若い運転手が体験した、不思議な話。無人のはずの峠の停留所で乗せたのは、藍色の着物の女だった。湖の底に沈んだ村へ帰りたいと言う客を乗せ、走っ…
続きを読む:湖に沈んだ村行きの終バス先輩から聞いた禁忌を寮の湯小屋で試した夜、それは来た。お祓いでも離れず、三年にわたり憑かれ続けた男の実話風の怖い話。偽の拝み屋の末路、老師が最後に遺した手紙の警…
続きを読む:夜の湯小屋でしてはいけないこと谷あいの古い温泉宿に伝わる不思議な話。雨の晩にだけ濡れて戻る離れの鍵と、夜の渡り廊下を渡っていく塗り下駄の音。仲居として四十二年勤めた私が最後の秋に見たのは、閉…
続きを読む:雨の晩だけ濡れる離れの鍵廃業を控えた活版印刷の老舗をひと月取材した、ライターの私が体験した不思議な話。誰も触れていないのに、夜ごと組まれていく挨拶状の活字。湯呑みはいつも一つ余分。そし…
続きを読む:住所のない開業挨拶状霧に閉ざされた夜の磯で帰り道を失った私を導いてくれた、白い犬の不思議な話。濡れていない毛、聞こえない足音、砂に残らない足跡。そして十年前の時化の晩、主人を救って…
続きを読む:不思議な話 霧の磯の白い犬昭和三十三年、谷あいの旧庄屋に泊まった配置薬の行商人は、毎晩だけ運ばれる一人分の膳の謎を追って、灯のともらない中二階へ上がってしまう。封じられた戸の向こうの引っ…
続きを読む:夜ごと中二階へ運ばれる膳七十を過ぎて郷土史を学びはじめた私が、市民講座の見学で訪ねた山あいの冬季分校。止まったはずの柱時計が時を刻み、撮った写真の中でだけ机がひとつ増えていた。校舎の中…
続きを読む:冬季分校の柱時計山あいの町の役場の窓口で、雨の日になると、誰も押していないのに番号札がひとつ進む。机の隅に現れるのは、もう人のいない集落への古い転入届だった。毎年ちがう筆跡で、…
続きを読む:梅雨に届く転入届霧の濃い早朝、一人で防波堤に釣りに出た私が会った時空のおっさんの不思議な体験談です。数分おきの汽笛も海鳥の声も消えた港に、いつもの赤い灯台はなく、見たことのない…
続きを読む:霧の防波堤で会った漁師取り壊しの決まった大学の旧標本室で、番号のない瓶の整理を任された五十代の私。札もなく台帳にも載らないその瓶の底には、膝を抱えた白い影が静かに沈んでいた。夜ごと観…
続きを読む:標本室の番号のない瓶昭和のダム計画で、水に沈む村を一軒ずつ調べていた私たちは、外れの溜池にある、触れてはならない古い石蓋を起こしてしまう。やがて主任は知らぬ名を点呼のように呼び始め…
続きを読む:沈む村の溜池に沈めたものミステリーを応援する
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