
フリーランスで写真をやっている。主に雑誌やウェブメディアに風景写真を納める仕事で、去年の秋、「消えゆく日本の原風景」という特集の撮影依頼を受けた。編集者から指定されたのは、県境に近い山奥の集落だった。
最寄りの駅からバスで一時間半、さらにそこから軽トラックでしか入れないような細い林道を二十分ほど登った先に、その集落はあった。住んでいるのは五世帯、全員が七十代以上だという。
到着したのは午後二時過ぎだったが、集落全体がすでに山の影に入りかけていて、空気がひんやりとしていた。石垣の上に建つ古い民家、苔むした石段、誰も通らない細い道。人の気配よりも木々のざわめきの方がずっと近くに感じられる場所だった。
カメラを構えてシャッターを切るたびに、時間が止まったような感覚に包まれた。ファインダー越しに見る集落は、どこか現実から一歩だけ外れた場所のように見えた。
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集落の一番奥に住む清蔵さんという方が、泊まっていきなさいと声をかけてくれた。八十二歳、腰は曲がっているが目は鋭く、よく笑う人だった。一人暮らしだと聞いた。
「若い人が来るのは何年ぶりかねえ」と清蔵さんは嬉しそうに言い、僕を奥の座敷に通してくれた。六畳ほどの部屋で、窓の外には段々畑の跡と、その向こうに深い杉林が見えた。
夕方になり、清蔵さんが台所で何かを準備している音が聞こえた。手伝いますと言って台所に行くと、囲炉裏の周りに膳が四つ並べてあった。
「あの、僕と清蔵さんの分で二つですよね」
清蔵さんはにこにこしながら「お客さんの分と、うちの分」とだけ答えた。うちの分。その言い方が少し引っかかったが、深くは聞かなかった。近所の人でも来るのだろうと思った。
だが、結局その夜、他の誰も来なかった。四つの膳にはそれぞれ煮物と漬物と味噌汁が丁寧に盛り付けてあり、清蔵さんは四つすべてに箸を置いた。僕の向かい側の二つの膳に、清蔵さんは時折「ほら、食べなさい」と声をかけていた。
誰もいない場所に向かって。
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その夜、なかなか寝つけなかった。隣の部屋で清蔵さんが誰かと話している声が聞こえたのだ。低く穏やかな声で、時折笑いながら話している。だが返事は聞こえない。清蔵さんの声だけが、しんとした山の夜に静かに響いていた。
「明日はお客さんに裏の畑も見せてやろうな」
「ああ、そうだな、あの写真も見せてやるか」
僕は布団の中で目を開けたまま、じっとその声を聞いていた。怖いという感じではなかった。むしろ不思議なほど穏やかな声だった。清蔵さんは楽しそうに、本当に楽しそうに、誰かと夜を過ごしているようだった。ただ、何か深いところで、触れてはいけないものに近づいている気がした。
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翌朝、集落の下の方にある簡易郵便局まで歩いた。週に二回だけ来るという配達員の男性がちょうど来ていて、少し話を聞くことができた。
「清蔵さんのところに泊まったんですか」と配達員は少し驚いた顔をした。「あの人はね、もう十二年になるかな。奥さんと娘さん二人を続けて亡くしてるんですよ。奥さんは病気で、娘さんたちは街に出てから事故で。一年の間に三人ともね」
僕は昨晩の四つの膳のことを思い出した。
「でもね」と配達員は続けた。「清蔵さん、あれから一度も寂しいって言ったことがないんですよ。いつも楽しそうで、『うちはにぎやかだよ』って笑ってる。集落の他のお年寄りは、清蔵さんの家の前を通ると、中から笑い声が聞こえるって言うんです。清蔵さん一人しかいないはずなのに」
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最終日の夕方、撮った写真をカメラの液晶で確認していた。集落の遠景、石垣、苔むした地蔵、清蔵さんの家の外観。一枚一枚を確認していくうちに、ある写真で手が止まった。
初日の夕方に撮った、清蔵さんの家の縁側の写真だった。清蔵さんが縁側に座って山の方を眺めている、いい写真が撮れたと思っていた一枚。
清蔵さんの隣に、小さな影が二つ並んでいた。
カメラの液晶では小さくてはっきりとは分からない。人の形をしているようにも見えるし、夕方の光が作った影かもしれない。ただ、その二つの影は、清蔵さんに寄り添うようにぴったりと並んでいた。まるで肩にもたれかかるような、ごく自然な距離で。
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翌朝、荷物をまとめて清蔵さんに挨拶に行くと、玄関先で穏やかに笑っていた。
「また来てくださいね。みんな喜んでましたよ」
みんな、という言葉に、僕は何も言えなかった。ありがとうございましたとだけ言って頭を下げた。
帰りの林道で、何度かバックミラーを見た。集落は朝霧の中にゆっくりと沈んでいくところだった。白い霧の向こうに、清蔵さんの家の屋根だけがかすかに見えていた。
あの写真は結局、特集には使わなかった。編集者には「いい絵が撮れなかった」と嘘をついた。本当のことを言えば、あの写真だけは誰にも見せたくなかったのだ。清蔵さんとあの二つの影が並んでいる、静かで温かい、あの一枚だけは。