高田馬場のアパート
7年前の話。
大学入学で上京し、高田馬場近辺にアパートを借りて住んでいた。
アパートは築20年くらいで古かったけど、6畳の和室と、襖を挟んで4.5畳くらいのキッチンがあるという、東京での学生の一人暮らしには充分すぎるほどの部屋だった。
大学に入学して初めての夏。
暑かったからその日はキッチンと和室を隔てている襖を開けっ放しで寝ていたんだ。足をキッチンに向ける格好で。
寝たのは0時過ぎくらいだったと思う。
ふと目が覚めて、なんとなく頭だけ起こした俺は驚愕した。
キッチンに小学校の低学年くらいの男の子がいて、こちらをじっと見て立っていた。
手にはサッカーボールを持っているのがはっきり見えた。
その子はじーっと俺を見たまま、
「ねえ、遊んで…」
と一言呟いたんだ。
凄く悲しそうな声だったのを覚えている。
俺は滅茶苦茶怖くなって、
「ヒっヒっっ」
みたいな変な声を出しながら、とにかくシーツを頭から被ってその子が消えてくれることを願った。
でも、その子はそれから暫く
「遊んで…」「遊んで…」「遊んで…」「遊んで…」「遊んで…」
と訴え続けてきた…。
俺は声にはならないけど、
「ごめん、無理、無理、無理!」
と心の中で叫んでいた。
そしたら今まで以上に悲しそうに、残念そうに
「遊んでよ…」
と声が聞こえてきた。
それから暫くシーツの中でガタガタ震えていたんだけど、声がしなくなったから勇気を出してもう一度、キッチンの方を見たら…その子はもういなかった。
ほっとしたのと同時に、また怖さが込み上げてきて、友達という友達に電話したんだけど誰も出ない。
このまま一人で家にいるのも嫌になって、家を出て近くのコンビニに駆け込んで夜を明かした。
※
家を出る時に気付いたんだけど、玄関のカギを開けたまま寝てたんだよね。
それで、俺は無理やり自分を納得させようと、きっとどこかの子が俺の部屋に来たんだなと思い込むことにした。
夜中の2時頃に男の子が知らない人の部屋に来るなんて考えられないけど、そう思い込まないと怖くてどうにかなりそうだったんだ。
自分に暗示をかけるように思い込んでいたのと、夜はなるべく友達と一緒にいるようにして過ごしていたら、不思議なもので段々怖さも薄れて行った。
暫くして、俺のアパートの前の早稲田通りを挟んで向かいにある飲み屋に飲みに行ったんだ。
そこでは俺の同期の奴がバイトしていたのもあって、よく利用していた。
そこに行く度に思っていたんだけど、店の奥にトイレがあり、その周辺が店の中で死角になっているような、そんな一角があったんだ。
そこが何と言うか、上手く言えないけど不気味な雰囲気があったんだよね。
俺は気になってその友達に聞いてみたんだ。
そしたら、
「俺くんも? そう言うお客さん、よくいるんだよ…。最近も、店長が実際に見たって」
ぞっとした。
俺、霊感とかないと思ってたけど、なんとなくだけどそういうのが分かってしまった訳だから。
同時に、あの男の子のことも思い出して、またぞっとした。
それで詳しい話が聞きたくなって、そいつがバイト終わるのを待って話すことにした。
※
そいつの話を要約すると、そこの店は平日23時で終わるんだけど、片付けが長引くと終電が無くなるから、店長は店に泊まることがよくあるんだって。
で、その怪しい一角の辺りに横になるらしいんだけど、そこにサッカーボールを持った小学生ぐらいの男の子と、その母親らしき女性が手を繋いで立っていたらしい。
サッカーボールを持った小学生…それ、俺んとこに来た子と一緒だ……。
そんなことがあるんだ…そして俺が見たのはやっぱり本物だったのか……。
と本当に怖くなって、友達の前でガタガタ震えて泣いていた。
それで、その店長にも俺が見たことを話したんだけど、店長はある事故について教えてくれた。
何年か前に、近くの早稲田通りと明治通りの交差点で、母子が轢かれて亡くなる事故があったんだって。
店に出た親子はその親子なんじゃないかって。
店長はその二人を見た時にとっさにそう思ったんだって。
で、その男の子がたまたま俺の部屋に遊びに来たんじゃないかって。
そのことを聞いて、怖さもあったけど、なんだか悲しくなった。
あの「遊んで…」というのも、あの子の悲痛な叫びだったんだなって。
ボロボロ泣いた。
その夜の内に、その友達と交差点に行って手を合わせた。
いつも通り周辺で騒ぐ学生たちが対照的で、なんだか印象的だった。
でも結局、気持ちの良いものではないので、その部屋はすぐに引き払ったけどね。
その店も暫くして撤退しちゃったけど、そこに入る店ってなぜか続かないんだよね…。