
これは、ある探偵事務所に勤務するY氏から伺った、行方不明者に関する未解決事件の記録である。
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行方不明となったのは、40代の男性で、職業は長距離トラックの運転手だった。
ある日、彼は青森方面の高速道路を走行中、とあるドライブインで休憩を取った。
そのドライブインは古くから営業しており、かつて倉庫だった建物を改装した、トラック専用の仮眠所を備えていた。
運転手はその倉庫内にトラックごと乗り入れ、車内で仮眠をとる仕組みになっている。
ユニークな特徴として、事前に休憩時間を伝えておくと、管理人である女性(地元では“おばちゃん”と呼ばれていた)が時間になるとお茶を持って起こしに来てくれる、という親切なサービスがあった。
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しかし、問題の男性は、その「おばちゃん」が起こしに行く前に忽然と姿を消した。
トラックは倉庫の中にそのまま停まっており、荷物や所持品も車内に残されていた。
まるで、彼だけが空気のように消えてしまったようだった。
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この異常事態に気づいたのは、同じくその倉庫で仮眠を取っていた別のトラック運転手だった。
彼はその朝、通常は閉ざされているはずの隣の倉庫のシャッターが、なぜか開いていることに気づいた。
しかも中には、見慣れないトラックが入っていた。
不審に思ったその運転手は、「これはおかしい」と思い、おばちゃんに報告に向かった。
こうして初めて、事件は発覚した。
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おばちゃんの話によれば、「あの倉庫だけは使うな」と昔から言い伝えられていたという。
理由はわからない。
けれど、古株の従業員たちの間でも、あの倉庫には何か不気味なものがあるという話は知られていた。
「鍵がかかっているはず。開くはずがない」とおばちゃんは主張した。
そして、行方不明者が到着した際も、確かにその倉庫は閉まっていたという。
だが、実際には開いており、そしてその男性は、姿を消した。
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深夜の高速道路のドライブイン。
徒歩で移動できるような場所ではない。
ましてや、車はそのまま。
誰にも気づかれずに、どこかへ行くなど不可能だった。
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Y氏は、元刑事の人脈を駆使して、独自に調査を開始した。
そしてその努力が実を結び、男性は10日後に“発見”される。
だが、それは“遺体”としてだった。
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発見場所は、なんと青森から遠く離れた瀬戸内海の沿岸。
それも、人が立つのがやっとのような、岩場の突起の上だった。
発見したのは、漁に出ていた地元の海女だった。
遺体は身元不明者として、地元警察の安置所に運ばれていた。
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ここから先は、もはやY氏の調査の範疇を越える。
というのも、対象者──業界では“マルタイ”と呼ばれる──が死亡していたため、以後の捜査は警察の管轄となるからだ。
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だが、Y氏はどうしても納得がいかなかった。
最後に目撃されたのは、青森県のドライブイン。
それがなぜ、瀬戸内海という遠く離れた海辺の岩場で発見されたのか。
当然、足となる乗り物もない。
Y氏は、元刑事のネットワークを駆使して、検視情報の一部を入手する。
その情報は、常識では到底説明できないものだった。
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遺体の発見時、死後は2〜3日が経過していた。
だが異様だったのは、その腹部。
まるで臨月の妊婦のように、大きく膨れていたのだ。
検視官は、初見で「これは溺死だろう」と判断した。
水を大量に飲み込んで腹部が膨張したのだろうと。
だが、解剖の結果は想像を超えていた。
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遺体の胃の中には、水は一滴もなかった。
その代わり、胃から食道、そして口の中に至るまで──
アワビ、サザエ、ウニ、ホタテなどの海産物が、ほとんど消化されないままぎっしりと詰め込まれていた。
まるで、意図的に押し込められたかのように。
解剖医は、「あれほど大量の貝類を、人間が意識あるまま食べることは不可能です」と語ったという。
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さらに不可解なのは、遺体の全身にあった無数の引っかき傷だった。
よく見ると、その引っかき跡は1本から5本の爪でつけられたものに加え、6本以上──中には8本にも及ぶ傷跡が、まるで自然な形で刻まれていた。
人間が複数の指を使って皮膚を引っかいた場合、跡が不自然になるのが常だ。
だが、この遺体の傷は、まるで「6〜8本の指を持つ何者か」によって、滑らかに刻まれたようだった。
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解剖医はこう漏らしたという。
「こんな傷跡、人間のものではない。
だが、既知の動物のどれにも一致しない。
私は専門外だから、動物学者に判断を委ねるしかない」
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Y氏が保管していた調査記録は、今でも事務所の金庫に眠っている。
だがその後、地元警察はこの事件を“なかったこと”として処理した。
正式な記録には、「溺死」とだけ記されている。
だが、本当にそうだろうか?
彼は、何を見て、何に襲われ、そしてなぜあの岩場で発見されたのか──
その真相を、誰も知らない。