ほそりさまは袖から入る
崖線の芋穴を改装した焙煎所を取材した冬、店主は毎朝、床を横切る乾いた粉の筋を掃いていた。隣の老女は言う。ほそりさまは袖から入る。店主が冬至の晩に奥の穴を撮った三…
崖線の芋穴を改装した焙煎所を取材した冬、店主は毎朝、床を横切る乾いた粉の筋を掃いていた。隣の老女は言う。ほそりさまは袖から入る。店主が冬至の晩に奥の穴を撮った三…
昭和五十七年、国鉄の保線区で私が受け持った十四キロには用地境界の柵があり、その外側だけ草が伸びなかった怖い話。刈る者はいない。境界杭の外に残る内向きの素足の跡と…
離島の調査で訪れた禁足地の入り江。島民が「ウミナリ」と呼ぶその場所で、研究者は二時間半の記憶を失う。手に残った青い痣と、百キロ先でも聞こえる海鳴りの音。…
四国の山間の集落で、封印が崩れた八尺様に魅入られた青年の恐怖体験。祖父母と霊媒師の必死の護りの中、一夜を過ごした先に待っていたものとは。…
雷雨の夜、フリーランス翻訳者の部屋に現れた青白い光。それは宇宙の記録庫への扉だった。アクァッホと名乗る情報生命体から語られる、太陽系の設計、火星文明の興亡、四つ…
下関の実家の箪笥は、いちばん下の引き出しだけ、取っ手が片方ありませんでした。真夜中に階段を降りて何かを探していたのが誰だったのか、姉は二十年ものあいだ言い続けて…
お盆のソロツーリング二日目、熊本と宮崎の境の林道で俺はバイクを壊した。三時間歩いても神社に戻れず、辿り着いたのは五、六戸の峠の廃村。玄関にもたれて眠った夜、磨り…
温泉街から離れた古い宿に泊まった晩の話になる。着いてすぐ襖を開けると、押入れの上の段は空で、布団は下の段にあった。炬燵での金縛り、ぬるい湯、低くなっていく窓の音…
小学二年の俺が町外れの小さな公園で出会ったのは、木の棒でライオンを描く二つ上の友也君と、彼を透けた体で見守るおじいさんだった。親父のベルトで二人をくくって公園の…
消灯前の見廻りで、非常階段の踊り場に三歳くらいの子が立っていました。壁を向いたまま、踊り場の点滴台の支柱を掴んでいます。台にはポンプが付いていて、白いテープに七…
祖母の家の押し入れの上の段から、古い風呂敷包みが出てきました。中身は祖母の帳面が六冊です。日付はどれも日曜で、私が隣で四百まで数えて待っていた長い時間に、祖母が…
広島の山あいの町の小さな公園で、サヨちゃんという子と砂のトンネルを掘った。真ん中で手が触れるはずの距離で、俺の手首を掴んだものがある。彼女はいつも滑り台の裏から…
霊園の裏手の山道に、公衆電話が一台だけ立っていた。友人が見つけたのは電話機の下の金属板の正の字で、そのときはまだ三画だった。受話器から聞こえた「かあとみ」の意味…
山陰の小さな町、深夜二時の国道沿いのコンビニ。漫画を読む俺の前の道を、白い傘を差した人が三度通り過ぎた。店の傘立てには誰のものでもない白い傘が一本。帰り道、その…
会社の外壁工事に来ていた十七歳年上の作業員は、一度の飲み会で私の携帯から勝手にアドレスを抜いた。会社の前にブーケを持って現れた白いスーツの男は、断ると朝まで三十…
林道で五人が転んだ。起こそうとして数えると、倒れているバイクは六台あった。六台目のバイクは錆びて空気も抜けているのに、引きずった跡が斜面から一本だけ続いていた。…
冬の夕方の公園で、昔風の女の子に呼び止められた。魚へんに右と書いて何と読むのか、と。家に帰ると姉に塩を撒かれ、梅雨の頃から咳が止まらなくなった。白南天と霊視で一…
奥秩父の谷にある社では、水場の柄杓を伏せずに椀を上へ向けて置く決まりがある。渓流の解禁日、境内に張られたテントを片づけた私は、その晩、背を向けて立つ少年を見た。…
十代の頃、十万円の前金と引き換えに、山奥の廃墟でひと晩を明かしました。壁も天井も真っ黒に焦げているのに、地下の浴槽の内側だけが白いタイルのままです。縁には、指の…
十年前の夏、廃ホテルと隠れキリシタンの墓を回った帰りに、友人が賽の河原の石を蹴って倒した。その晩、金属のような音が四回鳴って止まり、窓一面に男の顔があった。翌日…
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